夜のとばりを降ろす前に

七/夜のとばりを開ける前に
 ざっくざくと草木を踏み分ける音を耳にしている。足取りは二人とも軽く、苛立った様子もない。どちらかと言えば、双方上機嫌な方だった。
「審神者の身体が弱いってのは嘘だな。普通の人間だったよ。臆病なやつだった」
 よいせ、と木の根をまたぎながら孫六は口を開く。灯籠の見せた幻からあっさり帰ってきた二人は、なんとなく顔を見合わせて、帰るか、となんとなく帰路を同じにしていた。
「いい場所だった、ってのも嘘。まあ、刀は良かったんだが、なんていうか、なあ。臆病な人間ってのはいつの時代も変わらんものだな。ひとでなしが恐ろしかったのか、単に血を嫌ったのか。 ……よくもまあ、戦の指揮官に志願したことだ」
 それを、晴弘は適当に相づちを打ちながら聞いていた。重たく聞くのは違うと思ったし、かといって黙りこくるのも体裁が悪い。
 さも世間話のように聞くのがいいだろう、と相づちだけを返す。実際、刀の付喪神も、晴弘の返答は期待していないだろう。浅葱色の目はただ遠いところを眺めている。
「結界が割れたのは本当。割れた理由は……憶測でものを語るのもよくないか。推測しか出来ないんだよなあ。俺はそんとき、ちょうど転移装置の前にいたから――……ああ、だから助かったのか」
 最後の言葉は独り言のようだった。
「……『幸福』とは、よくいったもんだ。なあ」
「それはそう。そういう怪異だからね。俺も、久しぶりにあの子の顔を見た」
 そう、と短い返事だけが落ちる。
 晴弘にとっての半身、無二の友にして、唯一の肉親。全然似てなかったし、喧嘩だって腐るほどしたけれど、それでも確かに愛していたのだ。
 失って、消えて、もう会えないのだと悟ってから、呆れるような時を過ごした。『幸福映しの灯籠』に頼って、希望を潰さなければ延々進めないと思っていたが、思うより自分は歩けていたらしい。
 久しぶりに見た最愛の顔は泣けるほど変わらなくて、そして、一つも晴弘の心を動かさなかった。そいつはもう二度と戻らないのだ、という確信だけが頭の中に広がって、ああこいつは幻なんだなあ、と分かってしまえばそれまでだったのだ。
 多分、この付喪神も同じだろう。
「明かりだ。あんた、電気つけっぱなしで出てきたのか」
「消し忘れてしまったなー。参った、最近電気代高いのに……うーん、これはちょっと真面目に営業しないと駄目かあ」
「普段は真面目にやっていない、と」
「趣味だもの」
「はは、趣味か」
 悪くないね、と湿っぽい笑い声が土の上に転がって、消えていく。
 煌々と、と形容するほど明るくも無い明かりが、それでも確かに周囲を照らしていた。二階建ての、別に派手でも無い木造建築の窓から白っぽい明かりが漏れている。
 怪異の灯籠の明かりとは違い、無機質で、無感情な、ただ周囲を照らすだけの光が、月の昇っていないこの辺りを照らしている。
 そういえば、今日は新月だったらしい。あのような鬱蒼とした森の中に入らずとも、どうせ辺りは真っ暗だったようだ。
「あら、入らないの?」
「流石に二晩も世話になるわけには、なあ。大体、あんたは用心棒など要らんだろう」
「まあね。俺、けっこうすごい人だし」
 居住区に入るための経路は二つ。一つは店の正面玄関から入って、カウンター奥の階段を上ればいい。もう一つは、居住区へ直接上がれる外階段をのぼる経路がある。
 その階段に足をかけて、今にも見失ってしまいそうな刀の付喪神を捉えた。真っ黒い装束は、夜の中に溶け込むにはいささか黒すぎる。
「世捨て人やるには早いんじゃない」
「人じゃないからなあ、俺は」
「人も物もおなじだよ。そこに心が在るのなら、なおさらね。君だって見たんだろう、まぼろし、うたかたの『幸福』を」
「……やけに引き留めるじゃないか」
「なは、そりゃあそう」
 苦笑交じりの声に、笑って答える。
「俺は『いい人』したいから。あと、君おもしろそうだから」
 一瞬の静寂の後、ぶは、と盛大に吹き出した男の声につられて声を上げて笑う。
 時間はそこまで経っていない。太陽は相変わらず地球の裏側を照らしていて、きっと月は見えやしない。
「なるほどなあ。相当の変わり者と見た」
「人じゃないからね」
「同じなんじゃないのか」
 ざり、と砂利が階段と足裏の間でこすれる音を聞いた。
 多分、それが彼の回答だったのだろう。

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