三
血濡れた土を見て、もったいないなあ、と眉を寄せた。これでは作物を育てるにも、家を建てるにも、どうにもためらってしまう。何より怨嗟の声が強く残りすぎた。
赤毛が風に揺れて、金の目は温度を無くして、ただ荒れ果てたその場所を映している。
みにくい。
きたない。
なんておぞましい。
同族とはいえ嫌悪感しか残らないな、と不快感をあらわにすると、晴弘はその光景に背を向けた。
*
悪夢だなあ、と身体を起こして大きなあくびを一つすると、机に転がしてあるピアスをつけて部屋を出た。起きたままだから、髪はさっぱり整えられていなくてぼさぼさだったし、顔は酷く眠たげだった。
それに比べて先に起きていたらしい孫六兼元なる付喪神のさっぱりした寝起きときたらうらやましいことこの上ない。元が刀というだけあって、寝覚めもさっぱりしているのだろうか。寝ぼけていては戦は出来ないだろうから。
「びっくりするほど眠そうだなあ、あんたは。まだ寝ていた方が良いんじゃないのか」
昨日と同じ真っ黒い装束を纏った孫六がそんなことを言うものだから、流石に店がねえ、とあくびを噛み殺して答えた。
正直客なんて馴染みの客以外はちらほらとしか来ないし、なんなら今日は平日なのでもっと客は来ないのだが、一応自分で決めた営業時間がある。流石にその約束事を破るわけにもいかなかった。心底眠くて仕方がないのは否定できなかったが。
「店は流石に開けないと……その前に俺の支度か……」
「ふらっふらじゃないの。寝室にこもった後、何かやってたのか」
「いやあ、一応寝てたんだけどねえ」
特に冬から春にかけての朝はしんどい。なにせ朝が寒いのだ。
晴弘は再度大きくあくびをすると、ちょっとまってて、とキッチンのある方へ歩いた。その後ろを着いてくる孫六がなんとなくおかしくて、しかし笑っては失礼だろうと口角を上げるにとどめることにした。
一階が店舗、二階が居住区というよくある個人営業の店らしい作りをした家の中を把握しようとしているのか、後ろを着いてくる付喪神はそこかしこへ視線を投げている。それでいて、仕草そのものは、さも見慣れない物へ興味津々ですと言った様子であるのだから恐れ入る。
強いて言えば、そのそぶりが微妙にぎこちないことだけが気にかかった。演技である前提を踏まえれば、そうおかしなことでは無いのだろう。
しかし、この手の直感は己が思うよりも余程当てになると言うことを晴弘は経験則で知っているから、気には留めておこう、と眠たい頭を起こすように首を振った。
朝食を食べて、身支度をして、相変わらずの真っ黒い装束を着たままの孫六をなんとか現代の洋装に着替えさせてから、店の扉の前の看板をクローズドからオープンへ回転させた。
「営業時間、十時から十八時……」
「やかましい、個人営だからいーの。そもそもお客さんもそうこないし」
「営業時間がガバガバだからじゃないの、それ」
現在十時過ぎである。完全に晴弘の分が悪い。いや、別にいつも十時過ぎに開店しているわけではないのだ。
今日はそう、特別に夢見が悪かっただけ。
「平日だしさ、夕方までは暇だよ。俺も店にいないときあるし」
「……物盗りによく遭わないな。不用心じゃないのか」
「そういう悪意を持ったものは、そもそもここにたどり着けないからねえ」
へえ、と声が一段落ちた。
特段気にせずに商品の位置を直していれば、孫六はそれ以上は特に言及する気もないらしく、大人しくその辺に転がしてあった椅子に腰をかけていた。
そうして晴弘はいつも通り、本当にいつもと変わらず、個人から注文を受けた品を仕上げたり、暇つぶしの工芸品を作ったり、適当な薬を作ったりしていた。孫六はといえば、店内をふらふら見て回ったり、時折晴弘の方を気にするように視線を投げたりするくらいで、おおよそ静かに過ごしていた。
そうしてちょうどお昼前辺りにさしかかった頃、何かに気がついたように孫六がぱっと顔を上げた。遅れて、晴弘も来客に気がつく。
「ああ、お得意様だよ」
「平日の昼間にか」
「学校休みなんじゃなーい? 開校記念日とか、地域の祝日とかさ」
孫六は、へえ、と言葉を飲み込んだような相づちを打って、入り口のガラス戸へ目を向けている。気になるのか、警戒しているのか。おそらくは後者だろう。
とはいえ、と晴弘は手元のガラス玉をいじりながらあくびをする。昼が近いせいでうっすらと腹が減ってしまって集中力が保たなくなっていた。
あの子は良い子なのだ。人間らしい、まっすぐで明るい良い子だと断言できる少女だ。
「こんにちは。お店、やってますか?」
「やってるよー。いらっしゃい、夏華」
「ご無沙汰してます、晴弘さん。あ、これお土産です。修学旅行で京都行ってきたんですよ」
行儀良く小さくお辞儀をして、観光地おなじみの凝った紙袋がカウンターに置かれた。
伊東夏華。晴弘の店の常連で、高校生の少女で、魔術師である。
若いながら腕の良い魔術師で、化物殺しの一族の一人娘でもある。そんな彼女は、やはり見慣れない人影が店内にいることに気がついていたらしく、はて、と不思議そうに目を向けた。

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