二
男は雑貨店を営んでいるらしい。
「昔はさ、薬屋だったんだけど、今の時代は法がねえ」
薬の方が儲かるんだけど、と言いながら晴弘の顔は明るい。雑貨屋は雑貨屋で楽しいようで、店内の品揃えはなかなかであるように思えた。
一つだけ付け加えるのならば、雑貨屋と言うよりはアクセサリー屋といった方が良いくらいには装飾品の方が多い。キーホルダーやら何やらも多いから雑貨屋なのだろうが。店に置いておく品にこだわりは特にないらしく、作った物を置いている、といった様子だ。
「その辺かけててくれ。今契約書を持って……あれ、どこ置いたっけ……」
早くも若干不安な声が聞こえたが、まあ大丈夫だろう。勝手も知らない場所では探しものを手伝えるわけも無い。
歩いてきた道は普通のコンクリートで舗装された一般道だった。閑散としすぎていていまいち時代がつかめないが、晴弘の服装からして、少なくとも西暦二千年前後の時代とみて良いだろう。
だとすれば孫六の戦装束は相当に目立つはずであるが、行きに一人も通りすがることが無かったから、目立つようなことは無かったように思う。
この店にたどり着くためには住宅街を通る必要があったが、別に視線を感じることも無かった。
「目隠しのまじないだよ」
店内をぼうっと眺めながらそんなことを考えていれば、探しものが見つかったらしい晴弘が近くに寄ってきていた。
「まじない?」
「そう。君の格好は目立つからさ、流石にね」
「まあ、そりゃそうか。しかしそんなそぶりは一つもなかったが、へえ」
「目隠しのまじないなんて難しくないし、ちょいちょい、っとね。今回はストックもあったし」
はいこれ、と渡された長方形の紙には『契約書』と印字されている。契約書と印字されたすぐ下には簡潔な条項だけが印字されており、更にその最下部には名前を書く欄と押印欄があった。
「随分と厳格な」
「契約書が無い契約ってのは面倒なんだ。いっただのいってないだの」
「ああ、なるほど。そりゃたしかにそうだ」
辟易とした表情につられて笑みを浮かべれば、晴弘は軽く肩をすくめて椅子に腰掛けた。確かに約束事をするのであれば書面にしておく二超したことはない。そこに信頼関係が無いのであればなおのこと。いや、信頼関係があるからこそ、ということもあるだろうか。
書面に軽く目を通したが、別に小さな字で変なことが書いてあるわけでも無く、裏面も真っ白だ。
記載されている条項はたったの三つ。
一つ、双方に害をなさないこと。
二つ、契約を破棄する際は申し出ること。そしてその申し入れを拒んではならないこと。
三つ、双方に過度な制約を強いないこと。
たったそれだけ。晴弘の名と印は既に押されており、後は孫六が署名と捺印をするだけらしい。
「仮宿の契約なんてそんなもんでしょ。まあ、ふわっとした契約だから言うほど拘束力は無いんだけどさ」
「それ、口に出して良かったのか」
「ああ、不利益を被るわけでも無い」
金の目に偽りは無い。ただじっと待っているだけだ。別に後でも良いよ、とあくび混じりの声に力が抜けた。
ただ、この契約書の内容はあまりに孫六に都合の良い内容に思えた。
要は孫六兼元が龍安晴弘に意図して害をなそうと考えない限りは、いつまでもいて構わない、というように捉えられる。
三つ目の条項で、孫六が拒めば望まない仕事をさせられることも無いだろう。この契約がどういった効力を持つ物かは子細に把握することこそ難しいが――この書面が、ただの紙切れで無いことはうっすらと分かる。
僅かだが、霊力じみた物がまとわりついている。晴弘の押した印は血印だ。拘束力はそれほど無い、といっていたが、全くないというわけでも無いらしい。
だとすればなおさら孫六にとって都合が良い。良すぎる、ともいえる。
「……まあ、これ以上失う物もなし、か」
こぼれた言葉には何も返ってこなかった。ただ窓の外へ向けられた金色の目が酷く退屈そうなのが印象に残って、孫六はそのまま渡されたペンで己の名を書く。名、と言って良い物かは怪しいものではあるが。
「お、書いた?」
「ああ、これでいいか」
「拇印ね、なら大丈夫」
判は切った指を押しつけた血印だ。満足そうに晴弘は頷いて、契約書を手に取って、ぱちん、と指ではじく。
「――!」
「魔法を見るのは初めてか、付喪神」
赤毛の彩度が上がったように見えたのは気のせいか。
指ではじかれたところから紙が解けて光の繊維が空に舞う。舞った線は周囲を踊るように廻遊して、そのまま孫六と晴弘へと降りかかった。
そうしてあっけにとられている間に、結ばれた、という確信だけが残って、光の繊維も契約書もきれいさっぱり消え失せてしまった。
なるほど、これが彼の言うところの「契約」らしい。時の政府お抱えの術士であれば似たようなことが出来たのかもしれないが――孫六には知る由も無い。
「これでお終い! いやー、思わぬ拾いものしちゃったなー。あ、君ってどうやって寝るの? その身体はほどく? ほどかない?」
あっけにとられている孫六に気付いているのか居ないのか、出会った時とさほど変わらぬ様子で晴弘がにこにこと笑みを浮かべて尋ねてくる。
楽しそうに笑う姿に息を吐いて、顕現は解かない、とだけ答える。
「なるほどね。確かにいちいちほどくにはしっかり編まれた身体だ。流石にもったいないか」
「そういうことまで分かるもんかね……」
「俺はこういうのが生業なんでね」
得手不得手ってやつだよ、と晴弘は楽しそうに言った。
「愛された道具も、想いを込められて作られた道具も、おおよそ分かるよ。そうであるかそうでないかぐらいしか分からんけど」
そうか、としか返せなかった。
孫六兼元は――どうだっただろうか。愛されて生まれ出でた物に変わりは無いだろうが、さて。
「……道具としては、面はゆいな」
そう返すのが精一杯だった。
夜のとばりを降ろす前に
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