終
鉄くずに心は宿らない。
そいつそのものが愛されて継がれてきたものであればいざ知らず、本来の機能を失った断片であればなおのこと。
手のひらにのるほど小さなそれを手に取って、潰れてしまった刃へ指を当てた。当てただけで本来は切れただろうに、ただ皮膚を僅かに歪ませただけだ。
「主人、これをどこで」
「拾ったー」
「拾ったって、んなことは……」
「ああ、はいはい。拾ったの。鏡像があれば編めるんだよ」
「意味が分からないんだが」
「そういうものだよ、魔法って」
「……そう、か。そうか……?」
赤毛の人間は面倒くさそうにあくびをすると、お店番よろしくー、とひらひら右手を振りながら二階へ上がってしまった。
孫六が結局龍安晴弘という男を次の主に据えると宣言したのは灯籠から帰ってきたその翌日だった。
用心棒はまだ要るか、という問いに、じゃあお願いしようかなー、という軽い返事が飛んできたものだから、まあそういう感覚なのだろう。
手のひらの上の鉄くずを見る。汚れて傷ついて、刃さえ潰れてしまったそいつは、もう鉄くずと評するしか無いだろう。
刀剣男士の依代は、実体はあるにはあるが、結局の所は霊体だ。審神者からの供給が途絶え、本丸という場が無ければ、折れた刀剣は霧散して消える。
編める、といったのはそういうことだ。
「おせっかいなじじいだな、まったく」
二階に上がっていった晴弘は、昨日の夕方から店にいなかった。代わりに孫六が店番をしていたのだが、やっと帰ってきたと思えばこれである。
折れていようと、刃が潰れていようと、持てば直感的に分かってしまう。
もう存在しないのだと分かってなお、あの男は探しに行ったのだろう。お節介な話である。これでは何のために『灯籠』へ同行したのか、分からないでは無いか。
自分の最愛のそれよりも、会ってそう時間の経っていないつくものそれを優先するとは、なんともまあ――
手のひらの鉄くずを見る。
編んだ、というだけあって、それに特有の揺らぎは見当たらない。普通の鉄くれだ。放っておいても、きっと霧散して消えることは無い。
しばらくの間、手のひらの上のそれをただ眺めるだけ眺めて、一つ息を吐いた。
「……作るか」
「何をですか?」
「墓。 ……久しぶり、ってほどでもないか」
「そうですね。今日は遊びに来ただけなんですけど、店主さんはご不在ですか?」
「店主は二階で寝てるよ。用があるなら、たたき起こすが」
「それはちょっと見てみたい気持ちがありますが、用という用はないですからねー……次の機会に取っておきます」
おかっぱの少女はにこりと微笑むと、じゃあ私は中にいますね、と店内をふらふらと回り始めた。手伝いは要らない、とはじめから分かっていたらしく、さも全く興味はありません、といった体で歩いていた。
それでもそわそわと視線が落ち着かない辺り、まだ年若い少女らしい。
孫六はそれになんとなく笑みをこぼして、嫌いじゃ無い、と入り口のガラス戸を押した。
ああ、本当に嫌いでは無い。そういうものにめっぽう弱いのが、この孫六兼元という刀剣男士の骨格だった。そんなことを今更のように思い出して、馬鹿な話だと笑う。
不思議と、さほど悪い気分では無かった。
春の盛りは少し過ぎて、桜の花は少し前に散ってしまった。代わりに、青々とした葉が揺れている。夏の気配が近いのだとぼんやりと見上げる。
「選べない感傷と、感佩。それから……」
ふと、思い出す。
孫六が顕現したのは寒い寒い冬の日だった。差ほど時間をおかずに散々な出来事があって、どういうわけかここに身を置いている。
これから目にする季節の移ろいは、きっとあの本丸の刀達も目にするはずだったものだ。それが、もう抜け殻とはいえ、かけらが見るのであれば、いい土産になるだろう。
決して雅なものではないだろうが、まあ悪くは無い。
土産などそんなものだ。そも、また縁があるかどうかさえ怪しいというのに、そんな物に思いをはせること自体が馬鹿馬鹿しいとも言える。
日は高く、影は短く、されど存外眩しくは無かった。
店の裏、日は当たるが目立たないそこに穴を掘って、欠片を埋めた。土の上に何か、と思ったが、別に自分だけが気にする墓だ。簡素な物でも構わないだろう。仰々しくしても気にしそうだと思った。
とはいえ思いつきで作り始めた物だから、手頃そうな墓石代わりになりそうなものなど当然あるはずも無い。これは後で調達するか、と目印代わりに落ちていた枝を刺しておいた。
「……ああ」
これでおしまい。
本丸という、歴史改変にあらがうための舞台での物語は、おわったのだ。
これからは――これからは、多分、この現在を歩くのだろう。いつか折れるときまで、目的も終章も見えない物語を編むのだろう。
それはそれで、楽しいことのように思えた。
「それじゃあ、いずれも。お達者で」
次の刃生は少しでも長く続くといい、と。
そんな実にくだらない祈りを思い描いて、喉を鳴らした。
夜のとばりを降ろす前に
Touken-Ranbu-Tobari-Novel
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