夜のとばりを降ろす前に


 基本的に刀剣男士が顕現する先は選べない。
「ああ、いや、誤解はしないで欲しいんだが、別に前いた場所が悪かったとか、そういう話じゃ無いよ。そういう意味じゃあ、良い場所ではあった。だから、とでもいうべきか」
 真っ黒い髪と装束に良く映える浅葱色の目が遠くを見つめている。その姿を眺めながら、ふうん、と男は適当に相づちを打った。
 孫六は苦笑だけを浮かべて、それから、と続ける。
 廃れた神社は当然手入れなどされているはずもなく、そこら中に青々と雑草が生い茂っていた。
 祭神が寄り付かなくなった神社は自然と一足が遠のき、廃れていく。とはいえ『神が身を寄せる場所』としての機能は失われるわけでは無いから、そういう意味では孫六にとっては好都合ではあった。
 刀剣男士が顕現する先は基本的には選べない。多少の縁、あるいは顕現する寸前の自意識はうすらぼんやりと持てる場合はあるが、それだけだ。顕現する先がどのような場所なのか、どの刀が居るのか、というのは顕現されて初めて分かる。
 この孫六兼元が顕現したのは、本当につい先日発足したばかりの、ひよこと形容するよりは卵といった方がいいほどの新米の審神者が率いる本丸であった。
「……だからだろうなあ。せめて中堅どころであれば、多少は時間稼ぎが出来たんだろうが、なあ。本拠地を襲われてしまえばそれでお終い、というわけだ」
「本拠地? 本丸、という空間か」
「たぶんそう。厳密には違うらしいと聞いたことはあるが、俺は生憎詳しくは無くてね。別の刀だったら詳しかったかもしれないが」
 赤毛の男は首をかしげて、別にそこは重要では無いかな、とごろりと寝転がる。すぐ上には屋根が張り出しているため、青い空は見えないだろう。
「本丸を治めてた主人は身体が弱くてね。本来であれば審神者を務められるほどの霊力は無かったらしいが、何かの間違いで適正ありと判を押され、結局適正に満たないと発覚する頃には手遅れだったらしい。そんなもんだったから、本丸を守る結界が割れちまってね。そこからは、まあ、はは……酷いもんだったよ」
 本丸の座標が割れれば歴史遡行軍が押し寄せてくるのは当たり前で、本丸を守る結界が割れれば、時空間の狭間に飲み込まれてしまうのも時間の問題だった。
 結界は基本的に審神者が維持する。細かい維持調整は時の政府が用意したシステムとやらが行うが、結界そのものを維持させるのは審神者出なくてはならない。
 結界が割れた、ということは、そういうことだと孫六は男に語った。
「ふーむ。いや、レキシソコウグンだとか、ホンマルだとか、トウケンダンシだとか、その辺りはさっぱりなんだけど……つまりあれ、迷子?」
「迷子! だっはっはっ、確かに、そういう言い方も出来るか。まあ帰る場所も多分もう無いんだが」
「そいつは大変。そのうち青い火が迎えに来るかもな」
 けらけらと赤毛の男は笑って、よっこらせ、と身体を起こした。
「家が襲われ、家族とはちりぢり、生存は絶望的。君はなんでかこの時代におっこちて、野良のトウケンダンシとやらをやっている、というわけね」
「野良って。野生動物じゃ無いよ、俺は」
「なは、それはそうだ」
 孫六兼元はそうして不意に本丸を失って、気がついたときにはこの時代に落ちていた。落ちた先のすぐ近くに廃れた神社があったのは不幸中の幸いだったが、からっぽの神座を狙って良からぬ物が湧くわ訪れるわで身体はあまり休まらなかった。
 霊刀ではないが、だからといって良くない物が全く分からないわけでは無い。元は人が訪れ、多くの物語を紡いだはずの場所をそういったものに好き勝手されるのは、なんとなく気分が悪かった。
 だから斬った。
「そして斬りまくってあの淀みか。ふーん、普通あそこまで溜まったら自我も危ういはずなんだけどね」
「そういうものか。息苦しさとか倦怠感はあったが、それぐらいだったが」
「なら、もともと相性が良いのかもね。なにせ君は刀なんだろう。炎より出でた鉄、人に使われる血に濡れた武器だ。多少のうらみつらみはみなれているだろう?」
 金色の目が好奇心に満ちた光を灯して孫六へと向けられた。赤い長い髪が風に吹かれて揺れて、いまだ黒ずんだままの右腕に目を落とす。戦装束のおかげで、黒ずんでいる部分は目に見えない。
「本当三割、嘘七割」
「……はは」
「嘘をはけると言うことは、どちらかと言えば俺たち寄りか」
 まあどうでもいっかあ、と男はあっけからんと言い放って、どうする、と聞いた。
 この男は孫六が居着いた神社に突然ふらりと現れた。目立つ赤毛と、人外じみた金色の目が印象的な男だった。
 良くない物を斬りすぎて『淀み』と呼ばれる物が蓄積されてしまい、身体も酷く重たく、男にはそこまで酷い状態だったとはおくびにもださなかったが、正直顕現を保てるかどうかさえ怪しかった。そんな矢先に会われたこの男は、ちょうどいいと言わんばかりに笑みを浮かべると孫六へと駆け寄ったのだ。
 無論、警戒したのは言うまでもない。
「ちょーどいいところに死にかけの兄さん! 君、ちょっと俺に救われてくれない?」
「頭沸いたのか?」
「ひっど!」
 爆笑であった。
「いいじゃん、無償の人助けこそ心の特効薬だよ。今クソみたいな依頼終わったばっかりで疲れちゃってさ。俺いい人やったなーって気持ちに浸りたいの。君、その『淀み』はしんどくない?」
 とかそんなことをいって、何事か呟くと、あっという間に孫六兼元に蓄積されていた『淀み』を取り去ってしまったのである。そしてそのあと素早く寝てしまった。
 いい人をやりたいから親切をして、そのまま得体の知れぬ何かのそばで爆睡するなど正直意味が分からなかったが、取った行動は嫌いでは無いな、とは思った。意味は分からなかったが。
「どうする、ねえ」
「あ、やっべ。俺名乗ってなかったね。俺は龍安晴弘っていうんだけど」
「……あんた、随分と自由な……まあいいか。孫六兼元。刀のつくもだ」
「へえ、付喪神! こんなに自意識はっきりしたのは初めて見たよ。大抵うぞうぞってしたやつだからさ」
 それを付喪神と名乗った相手に言うな。晴弘はけらけらと心底楽しそうに笑うと、ついてくるか、と続けた。
 正気を疑ったが、正気だろう。この男は自分とは違う行動原理を持っているのはこの少しの時間で嫌というほど理解できた。
 いい人をした、という満足感を得たいから無償の優しさを振りまくもの。人間と言うよりは、きまぐれで恵みを与える神のような――
 そこまで考えて、目を伏せた。
「別に今じゃ無くても良いよ」
「……理由を聞いても? あんたにとって、俺は見ず知らずの怪しい何かでしか無いだろう」
 きょとん、と不思議そうな顔をして、晴弘は首をかしげて見せた。
「『いい人』したいから。あと、君おもしろそうだから」
 拍子抜けするほど理解しがたい内容に、返って納得してしまう心があって頭を抱えた。
 どうかしている。
 本当にどうかしている。
 されど、これくらい意味の分からない方が信じられる、と思えてしまうのが酷く苦々しかった。
 金の目に温かな感情は無く、ただ好奇に彩られた光があるだけだ。そこに愛はないし、情も無い。ただの無邪気な好奇心だけがある。
 飽きたらそれまでだろう。いや、『いい人をしたい』とほざくぐらいだから、存外面倒は最後まで見る心づもりなのかもしれなかった。
「そうかい。 ……そうかあ」
「お、来る?」
「仮についていったとして、あんたは俺に何を求める」
「うーん、用心棒とか?」
「はは――ああ、そりゃいいな。腕にはそれなりに覚えがある。戦場を用意してくれて、恩も返せるって言うなら願ったり叶ったりだ」
「おや、真面目なことで」
 重たい腰を上げて、刀を握る。柔らかな日差しが頬をかすめたのがくすぐったくて、孫六は晴弘が背を向けたのを確認してから目を細めた。
「探しものができれば……はは、望みすぎ、か」
 あっさり快諾してくれそうな気がしないでも無いが、それはそれ。隙を見つけてさがせればそれでいい。
 刀はいずれ折れるもの。形がある以上、壊れてしまうのは当たり前。折れた刀がうち捨てられるのも、珍しい話では無かろう。
 でも、それでも――……
 別の息苦しさを覚えて、襟巻きに口元を埋める。暖かな日差しの下では、黒い襟巻きは少々暑くて不愉快だった。

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