接触
剣陣営と術マスターの話。
この術マスターは元々別の創作聖杯戦争企画に参加させていたキャラクターを再度ちょっと設定改変して登場させていたりします。個人的にはお気に入り・
駅前に来ていた。セイバーは目を輝かせながら行き交う人々や大きな建物に視線をさまよわせている。ケイもまた、セイバーほどでは無いが内心で心を躍らせていた。こういった繁華街に来たのは初めてだったからだ。
「偵察? ……ああ、俺とランサーが行ってるやつか。まあ別にいいけど」
「セイバーさんたちに任せるんだったら繁華街の方がいいんじゃないですか」
「何でもいいが」
全く宛にされていないらしい。ケイはそれはそれでいいと思っていた。
実際、龍童から見れば自分たちは信用出来ないはずだった。そもそも、こうして拠点に匿っている時点で色々とおかしいのだ。
殺してくれていい、などと吐いていた夜を思い出す。ランサーは否定しなかった。止めたり、窘めたりすることさえもしていなかった。マスターの言葉に対して茶々を入れたり、進言も行う性格で在りながら、あの時はそれをしなかった。
その意味を、ずっと考えている。自殺志願者と言うには龍童の行動は生に傾いているように見えた。それでいて、生きようとするにはいささか死に急いでいるようにも見える。堂々とサーヴァント同士が交戦している中に現れているあたりがそうだ。普通は距離をとるだろうし、何より、サーヴァント同士が接敵してしまったのであれば、その場にマスターは現れないのがきっと最適解だ。それぐらいはケイにも分かる。
だからこそ、よく分からなかった。常識的ではあるが、所々ちぐはぐなのだ。
「それでは、繁華街の方へ偵察に行きましょう、マスター」
「えっ? あ、ああ、うん。了解」
セイバーの声に現実に引き戻された。セイバーは既に玄関に向かっている。龍童は黙ったままその背中をちらりと見て、それから面倒くさそうな表情で息を吐いた。それ以上は何も言われることはなく、ランサーもするりと霊体化して姿を消した。
そういう経緯があって現在に至る。彼女は召喚されたときの騎士姫のような装いでは無く、アイボリーを基調とした現代風の装いをしていた。カジュアルではあるがきれいめの格好で、いいところのお嬢様のようだ、とふと思った。いつの間にかこの服を着ていたので出所を聞いたところ、メアリーからもらったとのことであった。
郊外は閑静な住宅街ではあるが、駅前まで来ると流石に賑やかだ。人の数も多ければ、店の数も多い。そういえば財布を持っていない、と龍童の家に転がり込んだ翌日あたりに押しつけられた鞄の中身を開いた。しっかりと財布が入っており、中身は常識的な金額がしっかり入っていた。何なら小銭までしっかりと入っている。
「ケイ、何を見て……ああ、金銭は持って来れたのですね。よかったです」
「いや、これ多分龍童さんの」
「えっ」
「うん、帰ったらお礼を言わなければならない」
「そ、そうですね! お土産も買って帰りましょう、マスター」
「そ、そうだね」
でも龍童の金で龍童に土産を買うとは一体。ケイはそっと財布を仕舞った。善人なのだろうな、と思う。ぶっきらぼうで愛想が悪いように振る舞うが、基本的にはお人好しで優しく親切なのだ。そういう嫌いがある。そういった傾向を殺し切れていない。本人も諦めているのかもしれなかった。人間、染みついた習慣や性格を変えることは難しいのだから。
まあ、でも、押しつけてきたのだから多少は使った方がいいのかもしれなかった。流石に渡したものを使って怒ってくるほど理不尽でも無い。むしろ、そういった振る舞いは出来ないと思われた。
それに、と顔を上げる。どこもかしこも店だらけだった。こういった場所では、金を使わずに過ごすのも難しい。ウィンドウショッピングという言葉こそ分かるが、午前から出てきてしまった以上はどこかしらで昼食を取る必要があるだろう。結局そこで金は要る。
そこまで考えて、ケイはそっと鞄の口をしっかりと閉めた。考えても詮無きことである。そんなことよりセイバーとの偵察(という名のおでかけ)を楽しんだ方が百倍有意義に違いなかった。
「とりあえず、その辺歩いてみる?」
「そうですね、どこに何があるのかも分かりませんし。マスターもこういった場所は初めてでしたっけ」
「そうだね。ずっと地下暮らしだったから」
止まっていた足を再度動かしながら、何気なしにふと思ったことを口に出した。別にそこまで変なことでは無い。ただ思っただけ。
「呼び方さ、こういう場所だと『マスター』じゃない方がいいかもだ」
実際、ちょっと奇特に映るだろな、と思ったのだ。クラス名も大概だが、まあ聞き馴染みの無い人間からすればそういう記号にしか聞こえまい。ただ、マスターという呼称はその意味合いが広まりすぎている、と思ったのだ。それに、サーヴァントと違いマスターの名前がばれることに伴うリスクも無いわけだし、というのがケイの考えだった。
だから、少し気まずそうな、申し訳なさそうな、そういう表情をしたセイバーを意外に思う。嫌なのだろうか、と考えて、別にそういうわけでもなさそうだ、とも考えた。セイバーは龍童のことを名前で呼んでいたし、別にケイがセイバーに嫌悪感を持たれている、というわけでも無かったからだ。
「そ、うですね、確かにそうです。そうなんですけど、えっと、そのですね」
無理に言わなくていいよ、と口にしようとして、やめた。それは話せないとセイバーが口にしたときに言うべき言葉で、今はまだ話すべきか悩んでいる段階だった。下手に聞き手が判断するようなことでも無い。
気持ちゆっくりとなった歩く速度に合わせながら、行き交う人へ目を向ける。下を向く人、スマホを操作している人、連れと喋っている人――ほとんどの人間は、他人に目を向けることは無い。無関心なのだな、と思った。
「そのぅ……知人と、名前の響きが、似ていて。それで、何となく……呼びづらくて……」
「そうなんだ。似てるのって『ケイ』の方? なら名字で呼びなよ。俺も、マスターってガラじゃないし」
「カナエ、ですか。確かに、それなら……」
幸い、鼎という名字はかなり珍しい。呼ばれて人違いになることもまずないだろう。
それでもセイバーは何か思うところがあるらしく、迷っているように見えて、首をかしげた。
「いえ、貴方がいいのであればいいのですが、その、鼎という姓に、思うところは無いのかな、と」
そうして幾ばくか迷った後、やっと口にしたのはそんなことだった。
ケイは――別に、気にしていない。本当に、何とも思っていないのだ。名字と名前というのはここを識別するための記号のようなもので、極端な話、それ以上の意味は無い。魔術的なあれそれとか、生誕時の祝福とか、そういうのは置いておくとして、だが。
こと呼称の話において、ケイは鼎姓で呼ばれることについては何とも思わない。何とも思わないが、なるほどな、と微妙な顔をする。
確かに、人によっては嫌だと思うのかもしれない。少なくとも、ケイはそういう待遇で鼎の家に居た。一般的には鼎の家に対していい印象は抱かないだろう。転じて、鼎の名字で呼ばれたくない、と思ったところで不思議では無い。セイバーが言っているのはそういうことだ。
「別に何とも。でも、気になるなら別にいいよ。二人で居るときに名前で呼ぶ必要にかられる場面なんて限られてるだろうし」
この話はお終いとセイバーから目を逸らした。
善良だ、と思う。善良で、純真、素直。だからケイに気を遣う。それは、あまり馴染みがないものだった。
何が違うのだろう、と歩きながら考える。あのお手伝いさんたちと何が違うのだろう。どうしてここまで居心地が悪いような、ばつが悪いような、そんな気がするのだろう。生憎と、理由は分かりそうに無かった。
無言のまま歩く。何となく気まずいな、と周囲へ目を向けた。ほとんどの人は無関心に過ぎ去っていく。一部の人間が、セイバーのことを物珍しそうに見ては目を逸らしていた。
そうしている内に、マスター、と呼び止められる。セイバーの方を向けば、強ばった顔をしていた。
「何か見つけたの?」
「いえ……ただ、魔術師が居たようでしたので」
「魔術師なんているときはいるんじゃない」
「マスター……レイの言っていたことを忘れないで下さい。マスター権の奪取を目的に、この街に魔術師が来ている形跡がある、と言っていたではないですか」
そういえばそんなことを言っていた気がする。マスター権の簒奪を狙う勢力が一定数どうしても存在するのだ、といったようなことを。その時は多分、セイバーの登場と実家の倒壊とで頭の中が一杯一杯だったのだろ。どうも忠告の印象が薄かったのか、今の今まで忘れていた。
セイバーのあきれ顔は珍しいな、と笑ってごまかす。気をつけるよ、とうわべだけの言葉を並べた。
「でもほら、一応は俺たちにも俺たちなりのルールがあるからさ。こんな白昼堂々人前で襲うぞ、とかはないと思うよ」
「む、それは確かに。ですが、警戒するのに越したことはありませんから」
「それも確かにそう。それじゃあ少しだけ警戒しつつ、ご飯食べに行かない?」
大きめの駅ビルを指さしながら提案する。太陽はとっくに南天を過ぎて、足下から伸びる影は徐々にその長さを伸ばしている。
知らない景色だった。見たことも無い景色だった。その割に、心はあまり躍らない。外への憧れは確かに在ったはずなのに、それ以上の感慨が湧いてこなかった。どちらかと言えば、セイバーと会話をしている方が、ずっと楽しい。誰かと普通の会話をする、という経験もあまりケイには無かった。だから、龍童やランサーとのやりとりも、セイバーとのやりとりも、全てが新鮮に感じられる。
意外にも、自分は人恋しかったのかも知れないな、と思った。鼎の家ではまともに会話をする相手は居なかったし、こうしてまっとうに、対等の立場で話してくれる人間などいなかった者だから、それで新鮮に思うのかもしれなかった。
「失礼、そこの方」
「……え、あ、何でしょう」
だから、不意にそんな風に呼ばれたものだから、少々面食らってしまった。咄嗟にセイバーを見る。自分はこういう対人に不慣れなばかりか、警戒するべきかしなくてもよいのか、それさえもおぼつかなかった。
セイバーの表情は一見すると変わりないように見える。ただ、声をかけてきた人間から目を離そうとしていない。警戒している、と判断した。
男の方を見た。高い背丈で体格はかなり良い。金色の髪と、青い目。髪は後ろへなでつけられていたが、左半分だけ不自然に降ろされていた。髪の隙間から見える左側の顔面は痛々しい火傷跡があった。これを隠すために降ろしているのだろう。
「ちょうど、そこのお嬢さんよりも頭一つ分ほど小さな女の子を見ていませんか。はぐれてしまって」
「えと……俺は、見てないです」
「私も見ていません。迷子センターなどにはもう行かれたのですか?」
ええ、と男が頷いた。セイバーが半ばケイの言葉にかぶせるように口を開いたものだから、内心で少しばかり驚いていた。明確に警戒しているのだろう。平時であれば、きっとケイは「セイバーは」と声をかけていた。クラスを呼ばれないためにそうしたのかもしれなかったし、ケイが余計なことを言わないようにするためかもしれなかった。
ちょっと口は閉じていた方が良さそうだ、とセイバーと男を見比べる。男は、困ったように眉を下げて、そうですか、と頷いた。
「――サーヴァントとマスターであれば、あるいはと思ったのですが」
「!」
「ああ、失敬。ここで争うつもりはありません」
セイバーが明確に警戒の表情を浮かべたのに対して、焦ったように男が両手を挙げた。何もしませんよ、というジェスチャー。声は穏やかなまま、表情も変わらないまま、男は困ったように息を吐くばかりだった。
「いえ、駅前を以前軽く見たのを覚えていたようで、一度遊びに行きたいと言って聞かなかったのです。困ったことに、何か見つけたのか駆けだしてしまって。魔術師の子供ですから、同じ魔術師であれば分かるかと思いまして」
「それで、見失ってしまったのですか?」
「ええ、情けないことに。携帯も通じないというか、無視されているようで」
「そ、それは……それは困りましたね……」
うーん、とケイは会話を聞きながら苦笑した。どう見ても普通に会話をしてしまっている。先ほどまでは確かに警戒していたのだが、男の話を聞く内に親切心が顔を出してしまったのだろう。ここでの正解は適当に会話を切り上げて逃げるか、会話を重ねて情報を聞き出すかの二択だ。ケイの会話術であれば迷い無く前者を選択する。
男の方は、やはり表情は変わらない。困ったような顔。セイバーと身長差があるのを気にしてか、目線を合わせるように軽くかがんでいる。セイバーはセイバーで、はぐれたという子供の容姿を聞いていた。完全に迷子の捜索の構えである。
どうしようかな、と迷ってから、まあいいか、と会話を聞く。セイバーの意思を妨げる理由がケイには無い。強いて言えば、男が迷子捜しという切り口でこちらを襲撃しないかどうかだけを警戒すれば良いだろう。
「白い髪に、桃色の目、って、お子さんにしてはなんか、似てなさそうですけど」
「ああ、血縁はないので。養子です」
「なるほど。しかし、私たちもいただいた特徴に当てはまる子供さんは見ていません。お力になれず、申し訳ないのですが……」
「いえ、唐突に呼び止めてしまって、こちらこそ申し訳ない。ありがとうございます」
男が会釈をして去って行く。心配ですね、というセイバーの言葉に曖昧に頷いた。
「俺はともかく、セイバーがサーヴァントだって、どうやって気がついたんだろ」
「え? ……あ!」
しまった、という顔に苦笑いを浮かべた。すっかり失念していたらしい。
サーヴァントとマスターであればと男は言っていた。魔術師というのは、一般人と違い自分自身で魔力を生成するから、同じ魔術師同士であればある程度判別がつく。ケイも、相手が隠蔽などを行っていなければ判断がつくぐらいだ。並の魔術師以上であれば、ケイが魔術師であるのは一目で分かる。
ただ、セイバーは別だろう。ここで聖杯戦争が行われているという情報と、セイバーの保有する魔力量から察しがついて鎌をかけたという可能性も無くは無いが――あれは、確信を持ってかけられた言葉のように思えた。
だからそれ以上何があるのかと言われると微妙だが、少なくとも頭の片隅に留めておく程度はしておいても良いだろう。男が歩いて行った方を見ながら、深呼吸をするように息を大きく吐いた。
男は手袋をしていて、令呪の有無は判断できなかった。今は冬に差し掛かっていてそれなりに寒いから、別に厚着をしていても違和感は無い。気にしすぎても仕方ないか、と気を取り直すようにセイバーの方を向いた。難しそうな表情を浮かべている彼女に眉を下げる。どこまで行っても真面目だな、と思った。
「とりあえずさ、ご飯にしない?」
影はだんだんとその長さを伸ばしている。ぱっと目に入る飲食店の外には人が並んでいた。
セイバーは、一瞬迷うように視線をさまよわせた後、そうですね、とようやく頷いた。


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