Fate/Abendrot – 7

不死性

槍狂陣営の話。文字媒体ですが首を切られるなどのグロ要素があります。
今こいつらを書けてるところまで本にしようとしているのですが、何一つ終わって無くてどうしようかなってしています。〆切2月末やぞ。


 転がる死体を冷淡に眺めながら、まだやるのか、と問うた。一人立っている警官だという男はにこやかに拍手をしながら、もちろん、と吐いた。
「我々にもそれが必要な理由があるのですよ。分かるでしょう、傍観者。激動の時代を為す術無く眺めていた貴方であれば」
 ランサーはそのやりとりを黙って聞いている。何を考えているのかは分からなかった。分かる必要も無い、と今も思っている。切り捨ててくれればいい、とさえ思っていた。それでも切り捨てはしないだろう、と期待も抱いていた。
「故に、貴方のサーヴァントを譲って頂きたい」
「……何故?」
「何故? それはこちらの台詞です。貴方は聖杯など不要で、元より参加の意思などなかった。それは重荷、不要な荷物でしょう?」
 暗い路地だった。いつものように夜間の哨戒をしていた折に、この男に捕まった。警察庁公安部の人間だと名乗った男は、律儀に警察手帳を見せながらそんな馬鹿らしい提案をしてきた。
 龍童は嘆息だけして、馬鹿なことを、と口を開こうとした。
 大将、と声がかけられる。喉がカラカラに渇いていた。
(何故?)
 男の言うとおりだった。何故執着するのか。何故手放そうとしないのか。できないのか。聖杯は要らない。それは今も変わりない。何も変えられないことを諦めて、ずっとそうして生きてきた。今更聖杯なんかで変えられるとは思わない。ランサーを召喚したのだって、不慮の事故だった。だから、ここでこの男にランサーの令呪を渡してしまったって何の問題も無いのだ。
 無い、と言うはずなのに。
 言葉は全く出てこない。その意味をかみ砕こうとして、息をのんだ。
「どうかされましたか」
 男の声に息を吸う。
 無駄に長く生きていた甲斐はあったらしい。息を吐き出す。それだけで随分と思考はすっきりとした。遠のいていた音が近くで騒がしく鳴り始めている。よく見れば、ランサーが己を守るように一歩前へ進み出ていた。
 それだけで十分だ、と思った。
「なんでも。ランサーだけど」
「ああ、譲ってくださいますか?」
「断る」
 ランサーは微動だにしない。ただ眼前の自称警官の男をにらみつけている。やりますか、と無言で聞かれていた。
「生憎俺はサーヴァントの意思を尊重するマスターでね。ランサーはお前のことが気に食わないらしい」
「言い方、なんとかならなかったんです」
「じゃあアレについていくか、お前。行くなら止めないが」
「それは嫌ですけど」
 喉を鳴らした。その答えに安堵もしていた。ランサーは明確に殺意を男へ向ける。そこで、ようやく警官だという男は顔をしかめて、理解できないと落とした。
 ランサーからすれば、正直好ましいと思った主を捨てる気はさらさら無かったのだ。龍童は、最初こそよく分からない男だと思ったが、蓋を開けてみればそれなりに付き合いやすい。
 善人ではあるがそれだけでは無い。面倒くささは結構あったが、それはそれで悪くはない、と思っている。
 何より。
 似た痛みを知っている、と思ったのだ。
「じゃあ殺します。もう散々アンタの部下らしき人間もやっちまってますし、今更一人増えたところで変わんねえよな」
 だからそういう痛みはこれ以上は味わいたくは無かった。好ましいと思った人間を手にかけるのは――まあ、それなりに、きついものだ。
「……理解できませんな。何故そこまで執着するのです。強力な使い魔を手に入れて悦に浸る、という人間でもあるまいに」
「よく調べてるんだな」
「ええ、それはもちろん。およそ二百年にわたり生き長らえる謎の人間を、我々がマークしていないとでも?」
「それはそうか」
 男はそんなことを言って、片手を上げた。それと同時にランサーが槍を振るう。たかだか十数メートルの距離などサーヴァントにとって無いに等しく、およそ常人には反応出来ないような速度で男の喉元に槍の穂先が滑り込んだ。
 同時に。
「っ、大将!?」
 こふりと喉から血があふれた。声は出ない。ただ焼けるような痛みだけがあった。けたたましいほどのサイレンが脳内に鳴り響いて、これはまずい、と血を吐きながら咄嗟に首を強く押さえて止血を試みた。
 呆れたことに、未だ生き長らえようとしているらしい。そういう冷静な頭が嘲笑している。それを、悪くないことのように思いながら、魔術回路を稼働させた。
「てめえ、何しやがった……!」
「はは、ははは、はははははは! 私を殺しますか! いいでしょう、やってみるといい! その瞬間、お前のマスターも道連れだ!」
 槍がぴたりと止まった。感情的に見えて冷静だ、と内心で感心しながら、やっとの思いで立ち上がる。喉を切られた割に元気に吼えるものだと呆れながら、ふらふらとランサーの側へ歩いた。
 黒魔術の系統だろう。自分へのダメージをそのまま対象者へ返すといったような、一種の呪いだ。いつ仕込んだのかは知らないが、気がつかなかった龍童の落ち度であることに変わりは無い。
 おそらくは、この公安の男はただの捨て駒なのだろう。龍童があっさりランサーのマスター権を譲ればそれで良し。そうで無かったらこの男の命を奪うだろうから、呪術でダメージをそっくりそのまま龍童へ同期させ、殺す。そうして後から別の人間がランサーのマスターとなればいい。
 なるほど、それなりに筋の通った話だった。龍童がまともな人間で無い、というのも彼らにとっては都合がいいことであったに違いなかった。そうで無ければ、外国籍のキャスターのマスターやバーサーカーのマスターを狙ったはずだ。もっと言えば、鼎ケイを狙えばいい。聖杯戦争の参加者の中で、彼が一番未熟で隙だらけだった。
「ラン、サー」
 血を吐き出しながら呼ぶ。手は赤いペンキでべっとりと濡れていた。下がっていてくださいと制止されるのを無視して、半ば脅しのように令呪をかざしながら、言う。
「そいつを、殺せ」
「できませんよ。そのまま大将が死ぬのは御免です」
「いい、から。俺は心臓を突かれたぐらいじゃ、死なない」
 僅かにランサーの目が大きく開かれて、首を切られて倒れ伏した公安の男の乾いた笑いが止まった。
 いい策だ。相手が龍童で無ければ、の話だが。
 首を切ることも試した。心臓を銃でぶち抜いた。首をつった。薬物を服用した。いずれも無意味だった。そんなことで終われるのであれば、とっくの昔に終わっている。
「出来ないなら俺がやるが」
「……嘘じゃないですよね」
「さっき、咄嗟に止血しちまった」
 こふりと血を吐きながら答える。嘘だ、とうわごとのような音を拾う。同じ音を繰り返すだけの血まみれの人間を見下ろしながら、自分でやってもいいが、即死させられるかが怪しいのだよなと眉間にしわを寄せた。
 先ほどの様子から察するに、ダメージを与えれば即時で自分に返ってくる。いつもであれば即死でも、ダメージを受けながらの攻撃で即死させることが出来るかどうかは怪しかった。痛いのは慣れているが、長引くのは好きではない。可能なら避けたいのが本音である。だから、ひと思いにランサーにやってもらった方がいい――そう思ったのだが、存外渋られるものだと思った。
「――……心臓を貫きます」
「延髄の方を狙え。そっちの方が直すのが楽だ。首と一緒に治療できる」
「本当に死なないんでしょうね」
「死なない。呪術を解いてからでもいいけど、正直解析の方が面倒だ。殺してから治す。早くやれ」
 ランサーの眉間にしわが寄って、目が伏せられた。次いで盛大なため息が落ちて、終わったらしばらくは休んでもらいます、と背を向けた。
 刀が抜かれる。やめろ、と男がわめく間もなく脳裏に冷たい感触が走った。次いで、燃えるような熱を覚える。血を吐く。崩れる。遠く己を呼ぶ音を拾う。
(これで死ぬのは、死ぬのは――なんだ?)
 ばちんばちんと脳内が痛みと出血多量でショートしている。駆動しっぱなしの魔術回路は明らかに致命傷を負ったはずの身体を再生しようと動き続けている。あまりの痛みに意識が飛びそうで、視界さえおぼつかないのに、思考だけは嫌に明瞭だった。
 終われたら、と何度も思った。どうせ何一つだって為し得ないのなら、終わってしまったって変わらないだろうと、暗闇に足を踏み入れようとあがいていた時期があった。徒労に終わった回数が二桁になったあたりでやめたのを覚えている。
 今は、今は、死ぬのは嫌だなぁ、と思った。
 身体が持ち上がっていることに気がついた。抱えられているらしい。恐らくランサーが龍童を抱えて撤退しているのだろう。移動の手間が省けていいことだった。
 本当に愚かな話。何度も死にたいと祈りながら、この後に及んで死にたくないと思ってしまった。まだ、この生を歩いて行きたいと――そんなことを、思っていたらしい。
 思うよりもサーヴァントに心を開いていたのか、感情移入していたのか、それはどちらでもいいことだった。あるいは拠点に招いているケイかセイバーとの交流が存外楽しいと思っていたのかもしれない。その全部だろう、と徐々に光を取り戻した視界を他人事のように処理しながら思考する。
 不意に、どさりと身体が地面にたたきつけられた。一拍遅れて、激しい殴打と剣戟の音を遠く拾う。何かに巻き込まれたか、あるいはあの男の異常を察して増援が駆けつけたのかしたのかもしれなかった。
 半自動的に駆動している魔術回路にさらに魔力を通す。無理に再生を加速させたせいで全身に激痛が走るが、今更だった。うめきながら身体を起こす。かすんだ視界のピントを無理矢理に合わせて、肺に溜まった血を吐き出した。
「チッ、しつけえな」
「しつこいのはそちらです。我々の手元に下れば、彼の治療も請け負うと言っているでしょう」
「それを信じろってのが無理があんだろうがよ」
 やろうと思えば殺せるだろうに、そうしないのは恐らく龍童が動けないからだ。下手に動いて先ほどのようなトラップに引っかかることを恐れている、と思った。
 さて、と龍童は動かずに考える。相手はもちろん龍童がギリギリ動ける程度に回復していることを察している。ランサーは怪しいだろう。様子を見る限り、頭に軽く血が上っている。基本的に冷静な嫌いが強いが、今はどうだろう、と思っていた。
 内側だと思った相手に対して基本的に甘いのだ。召喚された直後のセイバーに対してそんなことを言ったのは、自身がそうである自覚もあったせいだろう、と龍童は勝手にそう推測していた。冷静で、やろうと思えば冷徹にも動ける。それだけ。
 戦闘はともかく足だけでもまともに動かせればランサーに念話でそう伝えるのだが、生憎それが出来るほど回復もしていない。致命傷を避けるように急速再生は行えても、それ以上は出来ないのだ。不便なものである。
 指先だけを動かす。陣を描く。見えてもいなければ、指先が震えてガタガタの陣になっているに違いないだろうが、それでも良かった。要は、動きさえすればいいのである。
 自分たちだけでは不足するのなら、増援を頼めばいい。シンプルだ。
(あれに借りを作るのは……ちょっと怖いが、まあ緊急事態だ。やむを得ない、か)
 魔力を血で描いた陣に魔力を通す。異常に気がついたらしい警官の一人がこちらに向かって発砲するが、悉くがランサーに防がれている。
 そういう所はサーヴァントだよなあ、と治療を急ぎながら血を吐いた。

 事態が動くのはいつだって夜だった。バーサーカーは、あまり夜が好きではない。戦をするのも、政をするにも、夜よりも昼の方がやりやすいからだ。何より、夜間の思い出にはあまりいいものが無い。昼の戦にも正直あまりいい思い出は無いのだが。
 主であるメアリーはめちゃくちゃな信号を受け取るなり、意外そうな表情を浮かべて、それから心底愉快そうに口元に弧を描く。
「出番よ、バーサーカー。一暴れしましょ」
「は、承知いたしました。先の伝令は、やはり龍童殿からで?」
「ええ、そうよ。よっぽど変な事態に巻き込まれたみたい。昔っからのとばっちり体質は相変わらずね。おかげでいい弱味を握らせてもらったわ」
 台詞がもう悪役ですな、とバーサーカーは口をつぐんだ。なんでこう、自分の主君はおおよそ大体端から見ると悪役になってしまうのか。蓋を開けてみればそうでも無いのだが、なんというか、誤解を受けやすいというか、なんというか。
 それでも人が集まるとはそういうことなのだ、とバーサーカーは思うところはあっても口には出さない。自分一人の『思うところ』など、ただの感想だ。それは些事どころか考慮の必要さえ無い。そのように割り切っている。
「彼の魔術師も好きで巻き込まれているわけではないでしょうに。如何にマスターが優位とは言え、斯様に軽んじられるのは褒められた行為ではありません」
「あら、何のこと?」
「必要以上に同盟相手を軽んじるのは勧めませぬ」
「ああ、そういうこと。安心しなさいな、別に『弱味』ってのはレイのことじゃ無いわよ」
「左様でしたか。それは出過ぎたことを申しました」
 この失言を受けてなお、メアリーは上機嫌だった。それほどの一報だったのだろう。しかしバーサーカーにはノイズにしか聞こえない伝令だったが、魔術師には分かる何かであろうか、と首を捻る。軍務を担った者として、そういった秘匿性の高い暗号があるのであれば是非とも識りたいものだ、と思考してから、やめる。
 今は必要ない。今のバーサーカーはタダの暴力装置だった。どれほど己が拒もうと、その事実に変わりは無い。そのように呼ばれた。そのように望まれた。そうあれ、と己が主君が望むのであればそのように振る舞うだけだった。
 いくわよ、とメアリーが家を出る。彼女に続いて玄関を出て、そのままマスターを抱えて、飛んだ。座標情報がパスを通して送られる。便利なものだ、と思った。
 この先の戦闘を思うといささか憂鬱であったが、この主のためと思えばそこまで苦では無い、と考えている。そもそもバーサーカーは平時では理性を保っている例外のようなサーヴァントで、狂化が強くかかるのは戦闘時のみだ。
 やろうと思えば、己を完全に狂化させることも可能だったはずだ。それだけの技量があるとバーサーカーは確信している。その上で、彼女はバーサーカーの理性を平時は残してもいい、と判断した。
 意図は知らない。聞いてもいない。それでも、この事実に救われたのも事実だった。だから、バーサーカーは彼女を敬う。
「――目視しました。このまま屠りますか」
 暗い夜道に人影が複数。派手な赤髪が倒れ伏した男を守るように暴れている。抱えたマスターは優雅に笑みを浮かべて頷いて見せた。
「ええ、とびっきりの恩を売ってやりましょ。ああ、皆殺しは無しね、一人は残して。最悪あたしが制御するから安心なさい」
「は、御意に」
 手を離す。代わりに巨大な剣を握る。血が沸き立つ。理性が狂っていく。複雑な思考は単純化される。この感覚は、いつまで経っても好きになれそうに無かった。
「お、おお、おおおおお――!」
「あーはっはっはっはっ! 恩を売りに来てやったわよ、レイ? そこでゲボ吐きながら見ているといいわ!」
 剣を振るう。マスターの声さえ遠い。与えられた司令は敵を殺すことだけ。あのランサーのサーヴァントは味方だった。だから刃は振るわない。現に、ランサーはバーサーカーが敵群に向かうなり大きく後退している。
「何をどう聞こうと悪役の台詞ですね」
「あら、いいじゃない悪役。今じゃ悪役がヒーローのフィクションだって多いんでしょう?」
 ランサーの言葉を上機嫌に流しながらメアリーは蹴散らされていく人間を見据えていた。
 馬鹿な組織、という感想しか抱かなかった。警察庁公安部の人間というのは本当だ。そういう動きがあったことをメアリーは知っている。動きがあるだけであれば何もするつもりは無かった。
 たかだか魔術世界を知っているだけの公僕がどう動こうと儀式には関係ないからだ。むしろ、この手の後始末に積極的に動いてくれるのであれば手間が省けてラッキーぐらいに捉えている。
「バーサーカー、止まりなさい。十分よ」
 うなり声と共にバーサーカーが大きく後退する。普段の理性的な彼からは想像がつかないほどの形相だった。
 こふり、と後ろで何かを吐き出した音を拾う。それを無視して、散乱した死体の中でおびえたように尻餅をついている男に歩み寄った。情けないことに、完全におびえきっているらしい。一歩近づくたびに、喉から悲鳴が漏れ出ていた。
「こんばんは、いい夜ね? 匂いは最悪だけど」
「っあ――あ、ああ――」
「大変申し訳ないのだけれど、そこの男はあたしの同盟相手なの。諦めて下さらない?」
 にこり、と改心の笑顔を浮かべる。それだけで、唯一の生存者である男は悲鳴を上げて闇雲に逃げようとした。ばたばたと手足を動かして後退している。まるで畜生の撤退の様だった。
 聖杯戦争を行うにあたり、基本的には監督役がつく。それは教会であったり、時計塔であったり、時の権力者お抱えの機関であったりした。今回の聖杯戦争にはこれがいないのだ。それをメアリーと龍童はずっと問題視していた。
 日本国の公的な治安組織。警察庁公安部、それも魔術世界を知っている部署――ともくれば、監督役としては相当に有用だ。聖杯という魔力リソースは、神秘世界に明るければ誰もがほしがる垂涎の品だろう。なんとしてでも確保しようと動く組織だってあるはずだ。そこに聖杯戦争の関係者に接触するための大義名分が用意されているのであればなおのこと。
 龍童からあらかじめ報されていた情報から、恐らく聖杯戦争中に接触があるだろうと踏んでいたのだが、思っていたよりも早かった。それは嬉しい誤算でもあった。
 問題は、襲撃犯が想像以上の小物の集まりであったことだ。サーヴァントを簒奪するなんて大それたことをするぐらいだから、もっと実力のある人間が来る者だとばかり思っていたのだが、違ったらしい。
 あるいは、そういう作戦であったのか。龍童の惨状を見る限りはその線の可能性もありそうだった。
「ッゲホ、おい、ブラウン」
「何よ、死に体のくせに喋ってんじゃ無いわよ」
「そいつは、殺しても、問題、ない」
「ふうん。首謀者が別にいるとしても、一人は生かしておいた方が話が早いんじゃ無いかしら」
 龍童が己の胃を強く圧した。察したらしく、ランサーが後ろから抱えるようにして胃を圧迫する。それに合わせて、血の塊が口からだぱりとあふれた。何度か噎せながら、龍童が首を振る。
「生か、しても、無駄だ」
「スでに、把握しテいるのだロウな」
「あらバーサーカー、あんたもう理性戻ったの?」
「――……い、エ」
 まだぎりぎり駄目そうであった。顔をしかめながら口を開く様に呆れたように息を吐く。まだ下手にバーサーカーへ話を振らない方がいいだろう。バーサーカーは己の理性が消えていくことを良しとしていない。中途半端に理性が残っている今の状態が一番きついはずだった。
 龍童の方へ目を向けたが、未だに血を吐いており、長話をさせるような状態でもなさそうだった。ランサーに話を求めようにも、彼はマスターである龍童の容態を優先するだろう。当然だ。
「……いや、無駄?」
 殺せ、では無く、無駄。金色の髪を揺らしながら、ヒイヒイと情けなく逃げ惑う男へ視線を向ける。未だ視界の外にさえ逃げられぬ男を見て、なるほどね、と頷いた。
 それなりに時間があった。ここは路地で、高い建物が多い。物陰も多い。挙げ句、時間帯は夜で視界も悪い。身を隠そうと思えばすぐに隠せる場所でもある。その上で、この生かされた男は逃げ惑うそぶりを見せながらメアリーの視界から消えていない。
 恐怖しているのは本当だろう。逃げようとしているのも本当だろう。本能から、生き延びようと逃げている。メアリーとバーサーカーの射程圏内から逃れようとしている。それでも外れられない。あちこちに身体をぶつけながら逃げようとして、それでもメアリー達の視界の外には出ていない。
「ばっかみたい。バーサーカー、殺しなさい」
 鮮血が夜闇に紛れる。蛙が潰れたような汚い悲鳴を最後に、路地に静寂が訪れた。
 彼らは暗示を駆けられていたのだろう。それも相当に強力なものが。
 端から見れば明らかにおかしいというのに、かけられた側がおかしいと気がつけないほどの強い暗示だ。それなりの魔術師が関わっているとみていい。
 この手の暗示をかけていると言うことは、ここにいる人間ははじめから全て捨て駒だったのだ。ならば生かしても無駄、という言葉の説明がつく。そのあたりはあれだけ瀕死の状態であっても冷静らしい。非人間らしいわね、と龍童の方へ目を向けた。ランサーが付き添っているが、自力で立てている。ゾンビも真っ青のしぶとさであった。
「マスター、無理に立たないで下さい」
「いい。もう、ほぼ塞がった。血が張り付いて気持ち悪いことには、気持ち悪いが」
「相変わらずのしぶとさよね。自力で帰れるの?」
「今にも吐きそう」
「帰れそうね」
 そんなことを言った直後に吐いていた。ランサーが背中をさすっている。また喉に詰まったら無理矢理にでも吐き出させるのだろう。
 もっとも、あの龍童が喉詰まりごときで死ぬとも思えないが。メアリーは冷めた目で二人を見やって、それからつまらなさそうに死体の山に視線を向ける。
「出てくるかしら、上の人間」
「出てくるよ」
「確信さレていらっしャる。由を、聞イても」
 今のところ、聖杯戦争の後始末はメアリーと龍童が担うしか無い。正直言って面倒であった。そもそも、もっとも厄介で面倒な聖杯の解体などという大仕事を自ら引き受けているのだから、現実世界の折衝くらいは別の所に任せたい、というのが本音である。それは聖杯戦争が始まる前からメアリーも龍童も同意見だった。
 龍童が長い息を吐く。衣服は血だらけで、僅かな光を反射しててらてらと光っていた。ランサーの血はほぼ返り血と龍童の手当の際に付着した血だろう。
「そんなの、マスターをとっとと殺したいからですよ。歴史の生き証人で、法的にも浮いてる。なまじ江戸の終わりに普通に生まれちまったもんだから、記録には残っちまってる。それが不都合だから『ついで』に殺しておきたいってのが建前ですかね」
「建前、ですか」
「殺人企てるんだったら、もっと単純な理由があるだろ」
 忌々しそうにランサーが吐き捨てる。その様に意外そうにバーサーカーが目を開いて、それから、なるほど、と頷いた。狂化は落ち着いたらしく、目には理性が戻っている。
「恨み辛み、ですか。 ……龍童殿がその手の恨みを買うとは想像しがたいのですが」
「逆恨みでしょうよ。この人、悪人ぶってはいますけど、基本的に善人なんで」
「俺がいないところで話せ、そういうのは! っおえ、かはッ」
 結構余裕そうね、と笑えば、龍童がにらみつけてきた。ランサーは何も言わない。先ほどまで地面を這いつくばっていたのが、気がつけば自力で立って会話に乱入して言い返せるほどに回復している。流石の不死性だった。
 伊達に激動の時代の渦中に居ながら生き長らえていないのだろう。龍童は口の中の血を再度吐き出しながら、それも怪しいけどな、と眉を寄せた。
「まあ、ランサーには話したけどな。実際アレの部署の大多数は俺を始末したがってるよ。ほぼ確実に。でもあいつらのトップは何とも思ってないんだ。ただの興味があるだけ」
「そんなこと言ってましたね、そういえば。誰でしたっけ、ハム?」
「変な名前ね。偽名?」
「そりゃ、な。アレもなんていうか……下手するとクラウゼヴィッツより難儀で機械じみてるっていうか。シルバーリングより読めないっていうか」
「げ、思ってたより百倍厄介そうじゃない」
 シルバーリングより読めないと来るとは流石に思っていなかった。人間と行動理念がかけ離れている彼女を引き合いに出すとはそれぐらいにずれているのだろう。
 そんなことをいいながら、龍童は少し考えるように口を結んで、どうかな、と目を逸らした。
「聖杯戦争の監督役ぐらいは引き受けそうなもんだが、けほっ」
「ふむ、なるほど。それは朗報。良い報せを得たところで、今夜はお開きといたしましょうか。いかがです、マスター」
 噎せた龍童に気を遣ったのだろう、バーサーカーがメアリーに目を向けた。巨躯の男はすっかり理性を取り戻している。そして、理性があるときのバーサーカーはこういった対人付き合いの読みにめっぽう強い。
 彼がそろそろ引け、というのであれば引き上げ時なのだろう。戦の采配は信用する気はあまりないが、こういったことについては信用していた。
 ランサーが龍童を俵担ぎしているのが目に入って、失笑しつつ背を向けた。不意に、疑問が顔を出して振り返る。
「そういえば、あいつらのボス知ってるわけ?」
「古なじみ」
「多いわね」
 長命なのだから別におかしくはないか、と今度こそ背を向ける。バーサーカーに抱えさせて、夜の街を飛んだ。ランサー達もすぐにこの場を離れるだろう。死体が大量に転がったままだが、そのあたりは家に戻ってから別の人間に後始末を頼めばいい。監督役では無いが、それが出来る程度の人脈と金はあった。
 まだ続きそうだ、と息を吐く。面白い儀式ではあるし、楽しいことも否定はしないが、長く続けるものでもない。まだ様子見の範疇を出ない盤上を思って、メアリーはやはり小さくため息をついた。

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