Fate/Abendrot – 6

正義は死んだ!

狂・槍・術主従の話。狂は創作鯖ですが結構お気に入りです。


 キャスターですか、とバーサーカーがオウム返しに言った。
 青い衣を身に纏った巨躯。左には黒い眼帯が巻かれている。口調こそ温和だが、体格や立ち振る舞いは明らかに武人であった。
「そうですな。子供らしい子供、という印象を受けました。何と申せば良いでしょうか……ああ、大人が望む童、のような」
「なるほどね、言われてみりゃそうだわ。天真爛漫で無邪気で残酷。およそ大人が思う子供の理想像の一つね」
「問題は、そういう英霊が居たか、って話だけどな。子供時代を全盛期とする英霊がそもそもそこまで居なかった気がするが、どれも微妙に違う」
「まあ、そうよね。空想、あるいは幻想の存在かもって所までは察しがつくんだけれど」
 その会話に口を挟みながら、龍童は口をつぐむ。キャスターの真名などとっくに察しがついている。おそらくは、メアリー・ブラウンも。
 だからどちらかと言えば問題なのはそのマスターの方だった。そういう特性の英霊ともなれば、マスターの方を調べなければならない。
 メアリーの目が龍童に向けられる。舌打ちだけ返せば、相変わらずよね、と淡々とした声だけが返ってきた。
「アンタから見てどう、あのマスター」
「どう、つってもな」
「知り合いなんじゃ無いの? 咄嗟に名前呼んでたじゃない」
「様変わりしすぎてて分からん。少なくとも、あんな死人のようなやつでは無かったと思うが」
 ランサーは霊体化したままだった。幸い、バーサーカーは戦闘時とそうで無いときの差が非常に分かりやすいサーヴァントで、今は非戦闘時である。無理に顕現を継続させる必要も無かった。
「バーサーカー、あんたはどう思ったの」
「マスターの方ですか。ふむ……」
 黒い目が一瞬こちらへ向けられて、それからメアリーの方へ向けられる。長い髪はひとまとめに高い位置で結わえられていて、それが動きに合わせて揺れていた。硬い毛質なのか、あちこちに跳ねまくっている。
「幽鬼のような男、でしょうか」
「で、以前のアレは?」
「悪人ぶった善人」
「ふーん」
「聞いておいて死ぬほど興味なさそうな声出すのやめろ」
 キャスターのマスター。名はルドルフ・クラウゼヴィッツ。ドイツ人の男で、龍童とは知人であった。友人と呼べるほど深い関わりは無い。見ず知らずの他人と呼ぶには互いを知りすぎている。故に知人、と呼ぶのが正しいだろう。
(マスターの知るキャスターのマスター像とは結構違いましたよね)
(まあ……な。難儀な男だったんだよ。そんなものは存在しないと理性で分かってたのに、理想を諦められなくて手を伸ばしてた。まっとうな倫理観と道徳を持つくせに、それが許されない場所に自ら歩いて行った。そういうヤツ)
(……そうすか。それにしちゃあ、なんつーか、機械的すぎる感じはしますが)
 ランサーの言葉も、正しい。眉を寄せる。メアリーも考え込むように黙っていて、口を開く様子はない。
「時に、龍童殿。ランサーは連れていないのですか?」
「いや、いますけど。敵地にマスター一人で行かせるわけ無いだろうが」
「ははは、それは確かに。非礼を詫びさせてくだされ、ランサー。貴殿の意見を聞いてみたく、確実に姿を現してもらうには、多少煽るのが正解かと思いましてな」
「バーサーカーにあるまじき口なこった」
「ふ、褒め言葉と受け取りましょう」
 そういう軽口を叩きながら、俺もマスターとそう意見は変わんないですけどね、とランサーが息を吐く。
 こうしてみると、ランサーとバーサーカーはさほど相性は悪くないように見えた。元々狂化がほぼ効いていない平時であれば、バーサーカーは温厚な性格だ。武人よろしく豪胆なところはあるが、基本的に謙虚で清廉。ランサーの性格からしても、極度に嫌う理由の無い男であるとも言えた。
 ランサーは基本誰に対しても同じ態度をとる。それ故に腹の内が読みにくいところがあるが、何度か交流があるうち、バーサーカーに対しては多少砕けているように思えた。
「……今夜、仕掛けてみましょうか」
「そうか。なら俺は籠城するよ」
「は? 何言ってんのよ、あんたも行くに決まってんでしょ」
 有無を言わせず従わせるような、そういう威圧感がある。まあ仕掛けるなら早いほうがいいのはそうだろう。二度目の接敵ともなれば、様子見の範疇を多かれ少なかれ超えてくることは間違いない。
 が、それに付き合う道理もないのである。
「嫌だが」
「決定事項よ。行かないって言うならこの場で圧殺するわ」
 心底嫌そうな表情を浮かべて、龍童は胃をさすった。ランサーがうっすら引いている気配さえある。
「マジで暴君すね、アンタのマスター」
「いやはや、王というのは得てしてこういう性質でして」
「そっすか……」

 死にそうな顔をしている、とランサーは槍を握りながら主である男の顔をのぞき込んだ。何だ、と言う不機嫌そうな声が返ってきて、そらそうだ、と愉快な気分になって前を向いた。
「それで、来るんですかね」
「挑発はした。来るかどうかはクラウゼヴィッツ次第かな」
「それもそうすね」
 曇りの日の夜だった。月の光が無いだけで酷く暗いように思える。強化された視覚は問題なく周囲を見渡せるというのだから、魔術というのは便利なものだ――と、魔術師の支援を受けながら思う。
 そういう支援を担いながら、このマスターは常に前線に立っていた。索敵や牽制などサーヴァントのみに任せればいいのでは無いかと進言したこともあったが、居ても居なくても変わらないと冷めた声で却下された。
 それが遠い絶望であったのだと語られたのは召喚されてから二日目あたりだっただろう。世間話をするような、あるいは他愛の無い話をするかのような、それぐらいあっさりと龍童はそんな話をしていた。
(矛盾してんだよな)
 変わらぬことに絶望しているのであれば、動かなければいい。どうせ行く先も変えられないと知っているのであれば、とっととランサーに自害を命じてしまえば良かった。外界との関わりを絶って、一人孤独にこもってしまえば、それ以上は傷つくまい。
 他者の運命に介在する資格が、正しい意味での『今を生きる人類』では無いと血反吐を吐きそうな顔をして言う癖に、自ら傷つく道を選んで走っている。
 それが、理解できない気がして、本当は理解できてしまっているように思えた。
 カチカチという時計の音を拾う。槍を構えて、一歩前へ出た。龍童の表情は変わらない。
「数日ぶりだな、クラウゼヴィッツ」
「誰かと思えば、君か。リュウドウ」
「まあ、おじさま。あたしを置いてお喋り?」
「……いいや。語る言葉は、もう要らんな。すまない、アリス」
 鈴が転がるような愛らしい声だった。
 キャスターのサーヴァント。白い髪に、白い肌。人形のような球体関節。纏う衣服はまるでただの少女のよう。
 そう。
 本当に、その辺にいるただの少女のような風貌だった。
「お久しぶりね、傷だらけのお兄さん。あたしのこと、覚えていらっしゃるかしら」
「そりゃ覚えてはいますよ、良くも悪くも印象に残るんで」
「まあ。嬉しいわ」
 こつん、こつん、と靴とコンクリートのふれあう音がする。キャスターは本当に――本当に、昼間は当たり前に学校に通っている少女のような顔で、形で、残酷に笑う。
「それじゃあ、お兄さん。あたしと一緒に、遊びましょう?」
 端から見ればマスターがサーヴァントに籠絡されているように見える。ただ、そういうわけでもないのだろうともは確信していた。
 右足を踏み込む。砂埃が舞った。下手な魔術を使われる前に仕留める、と槍を突き出す。棍が迫る。穂先で躱す。顔の左半分が火傷跡で覆われた男の顔面めがけて槍を薙ぐ。鈍い音がして、弾かれた感触だけが残った。そのまま、節の固定を外す。槍の柄が割れて、代わりにワイヤーが顔を覗かせた。
「まあ怖い! でもその槍、とっても面白いわ。ねえ、もっと見せてちょうだい?」
 きゃらきゃらと耳障りなほどに無邪気な子供の声が転がる。それをかき消すように声を上げた。おお、と吼える。キャスターが魔術を放つようなそぶりを見せて、すぐに後退した。代わりに、龍童が間に入っている。べたりと両足を地面に着けて、右手を前に、左手を脇腹に構えている。良くある武道の構えだった。
 地面が二カ所、抉れる。拳がキャスター目がけて放たれて、燃えた。龍童が舌打ちをする。痛みに顔をゆがめて、されど手は緩まない。
「……寂しい人ね」
「そうかい」
 鈍い音。棍を脇腹で受けて、代わりに槍の穂先が相手の腕をかすめた。衣服が裂けて、赤い飛沫が舞う。鋼鉄の身体で出来たマスター、と言うわけではないらしい。それほどに硬いと思わせる相手だった。
 足が上がる。槍を足で突き落とし、空いた手で刀を抜く。刀身が真一文字に滑る。それを確実に躱しながら、ルドルフの棍が突き出される。喉元を狙っていた。避けて、槍の関節を再度外す。
 ぱっ、ぱっ、と時々明るくなる瞬間がある。キャスターと龍童の戦闘の影響だった。ランサーは槍兵らしくそういった神秘は扱えない。眼前の男もまた、そういった手は使ってはいなかった。
 使っていないだけで、全く使えないというわけでもないことは把握していた。ルドルフ・クラウゼヴィッツという魔術師のことは事前情報として龍童から渡されてある。
 要塞。一言で言えばそういう魔術を得意とする傭兵がこの男だった。
「チッ、実は機械でした、なんてオチじゃねえだろうな」
「生憎と君と違い生身の人間でね。まあ、そうだな」
 距離をとった。合わせるように、キャスターと龍童がそれぞれの側につく。龍童は相変わらず険しい表情を浮かべてこそいたが、それほど息は上がってはいなかった。こちらも大概化物だな、とランサーは内心で呆れていた。
 ルドルフは、焼けた左半分の顔に触れて逡巡して、それから、酷く――酷く、気の抜けた優しい表情を浮かべた。どうにもこの場には不釣り合いで、思わず槍を握る手に力が入る。
 前に会ったときはあそこまで焼けてはいなかったはずだ、と龍童は言った。元々顔に火傷跡はあったが、それは左の額にあるだけで、顔の左半分の大半を覆うような火傷では無かったらしい。良くある話ではあるんだが、とも付け加えていた。
「幽霊、というのも悪くは無い」
「ええ、そうね。あたしたち、ずっとそういうものだもの。お兄さん方、貴方たちだってわかるでしょう?」
 赤い目が細められていた。青い目が冷えた色を浮かべている。顔は、両方とも微笑んでいた。不釣り合いなほどに優しい笑み。昼の街を歩く父娘のような表情。
 それを、龍童は憎々しげに睨んでいた。
「ランサー、構えろ」
「了解です」
 その意味を、ランサーははかりかねていた。ただ憎しみを募らせているわけでは無いことだけは分かっていた。それ以上の感情を推測できるほど、ランサーは龍童のことを理解できていない。
 ただ、そう。
「ままならねえな」
 こういう状況なら、多少は覚えがあった。
 憎くも無い誰かを斬らなければならなかった。憎いどころか、どちらかと言えば好ましいと思った相手も斬らなければならなかった。
 暗い夜道。赤い飛沫。見知った顔の死体。逃がせたはずなのに、そうすることは出来なかった誰かの姿。それに酷く傷ついていた者の顔。全部、きちんと思い出せる。
 もっとも、ランサーのそれとマスターのそれは別物だろう。ランサーは少なくとも、いつそうなったっておかしくなかったのだ。
 たまたま。本当に、たまたまそうならなかっただけ。流れに流され、己で選ぶこと無く、そういう道に流されてきた。今更、どうこう言える立場でも無い。
「泥の杯に何を願うって言うんだよ、ヒーロー」
「ヒーロー、か」
 龍童の悪態に、ルドルフは一瞬表情を全て落っことしたかのような空虚な顔をして、それからすぐに不気味なまでに穏やかな笑みを浮かべる。
 すぐ側には少女が立つ。白い髪と白い肌の、およそ戦とは縁遠そうな魔術師のサーヴァントが、何か物言いたげな目をこちらへ向けていた。
「そんなものはとっくの昔に死んだよ」
 そうか、と龍童が頷く。左手が挙がって、ただ光るだけの魔術が空に放たれた。キャスターの足が地から離れる。同時に龍童の前に出て、キャスターとそのマスターを牽制するように槍を構えて刀の柄に手をかけた。
「呆れた。お前、そんなことで折れるような人間だったか? これには野垂れ死んだあのイタリア記者も地獄で爆笑していることだろうよ」
「何を言う。勝手に期待していたのは君の方だろう」
「――そうだな。そうだ。だからコレは俺の負債。俺の自分勝手な恨みで、報復だ」
 だけど、と小さく口が動く。そこまで声は大きくない。元より相手にきかせるつもりも無いのだろう。
 それでも、ランサーはその呟きを拾ってしまった。それは良く見知った痛みで、されど知らない痛みでもあった。
「……それでも、俺はお前を確かに正義の味方だって思ってたんだよ」
 郷愁、憧憬、あるいは諦め。そういった感情をない交ぜにした声を最後に、龍童の目が冷え込む。感傷はここまで、と割り切ったようだった。
 龍童の手が上がる。光の魔術。ぱっ、とあたりが二度明るくなった。その間に距離を詰めたルドルフの棍を槍で牽制する。
「キャスター……!」
「まあ怖い。怖いわ。まるで、空襲を受けた夜のよう」
 ぱちぱちと炎が爆ぜる。民家に炎が引火しているように見えた。瓦もコンクリートも、誰彼構わず火が広がる。
 民間人への被害が脳裏によぎって、捨てる。龍童の方は、やはり酷い表情のままキャスターへ殴りかかっていた。魔術師のくせに肉弾戦の方が得意らしい。
 燃える。燃える。戦火を思わせるような苛烈さで、炎が瞬く間に広がっていく。慌てたような悲鳴が聞こえた。あるいは誰かを呼ぶような悲鳴のようにも聞こえた。惨いものだ、と眼前の男を見据える。
 幽鬼のような男だ、というのがランサー街抱いたキャスターのマスターの第一印象だった。目的はあるように見える。意思もあるように見える。その上で、死人のように朧気だった。
 結界魔術を得手とするこの男の守りは呆れるほどに堅牢で、それでいて無鉄砲に突っ込んでくる。多少の被弾を無視できるとはいえ、対サーヴァントの攻撃を完全に防げるわけでも無いというのは打ち合いで把握していた。その上で踏み込んでくる。
 死ぬのを恐れていないわけでは無い。死にたがっているわけでも無い。かといって、接近時に何か切り札をきってくる様子があるかというと、それもない。
 不気味だ、と思った。龍童の言う以前の彼との様子とかけ離れているのも気にかかるが、流石に殺し合いの最中にそのようなことを気にしている余裕も無かった。
「ランサー、退け!」
「っす、了解です」
 させん、とルドルフの腕が伸びて――腕が、潰れたのが見えた。
 おじさま、とキャスターの悲鳴を拾う。その瞬間を見逃すほど龍童も甘ったれた人間では無いらしかった。龍童の方へ駆け出しながら、あの人も大概難儀な性格をしている、とメアリーの屋敷でルドルフを難儀と評したことを思い出していた。
 接近して、飛んだのが見えた。両の足が宙に浮く。踵が落ちる。いたいけな少女の頭上目がけて、二連。鈍い音と共にキャスターが崩れたのを視認した。
 龍童が着地しきる前に受け止めて、そのまま離脱する。視界の端には青い影が暴れているのが見えた。バーサーカーである。
 咆吼。昼間の理性は見る影も無く、ただ巨大な剣を振り回して暴れていた。
「退去しますかね、あれ」
「無理だろうな」
「無理すか。双方しっかり叩いたように見え――」
 轟音に目を見開く。龍童はと言えば、予想がついていたのか表情は変わっていなかった。眉間のしわは深くなっていたが、驚いてはいない。
「うーわ、自爆ね。事前情報通り。アレで生きてるってマジで言ってるわけ?」
「そういう魔術特性なんだよ。現代の人間とは言え、抑止の守護者の出力は馬鹿にならん」
「……マジ?」
「大マジだ、残念ながらね」
 メアリーが目を細めながら爆発した後を見ている。立ち上がる煙をバーサーカーが振り払えば、だらりと腕を垂らした男と、平然と立っている少女の姿が見えた。
 まああれほど簡単に脱落させられたら苦労もねえな、とランサーは龍童の方を見た。気がついていたのか、彼は無言で首を振る。まだ出るな、と言うことらしい。
「火消し任せるわ。後はこっちでやっとくから」
「さらっと面倒ごとを押しつけるな」
「あたしがやってもいいけど、無事な民家ごとぶっ壊すわよ」
「…………わかったよ」
 苦々しい声に内心で苦笑する。そこで頷くから苦労性なのだろう。
 未だ炎で燃えている周囲を見渡しながら、龍童が土地に魔力を通している。そういえば、マスターである彼が詠唱をしている姿をほとんど見たことが無いな、と今更のように思った。まあ、戦闘中に悠々と詠唱する暇が無いのはそうである。特に彼のように肉弾戦を主体としていればなおさらだ。
 それじゃあよろしく、とメアリーがにっこりと笑ってキャスター達の方へ向かう。咆吼と打ち合いの音。それから派手な魔術の痕跡。それらを視界に納めながら、こちらへ流れ弾が来たときに備えてランサーは軽く腰を落としていた。
 龍童の顔に鱗が浮かぶ。比較的大規模な魔術を行使するとき、そういう文様が浮かんだ。派手な戦闘と、静かな魔術の行使を交互に見ている内に、頬に冷たい感覚を拾う。
 ぽつぽつと水が落ちる。龍童の顔は険しいまま、まだ地に手を添えたまま、魔術を行使していた。
「天気の操作……って、簡単にできるもんなんですね」
「んなわけあるか」
「……話せたんすね」
「ここまで操作できれば多少はね。あと、転向の操作は理論上は可能だが現実的には不可だ。机上の空論に近いよ」
 今まさに行使しているくせに何を言うのか、という目で龍童を見下ろす。彼は、意外なことに表情は変えぬまま、ただ淡々と口にする。ブラウンでも出来たことだからな、と。大したことでは無いと言うような、だから出来るのだと諦めるような、そういう言い方だった。
「結果が同じなら俺がやろうがブラウンがやろうが関係ないんだ。死人の数に差は出るだろうが、そこに大した差は無いんだろうよ」
 膨大な魔力さえあれば誰でも出来るんだ、と付け加えながら吐き捨てる。表情は変わらず、声は淡々と、されど隠しきれない憤りをまぜこぜにしたような様子だった。
 雨が次第に激しくなる。正しく本降りの雨と呼ぶに相応しいくらいに降り始めると、ようやく龍童が立ち上がった。顔色がやや悪いように見えたが、逆を言えばそれぐらいの変化しか見当たらなかった。
「俺たちは撤退する」
「いいんですか」
「いい。いいんだよ」
 騒音の方へ目を向ける。獰猛な獣の目をした魔術師と、うつろな要塞と、暴れる巨躯と、躍る少女が目に入る。派手な戦いだな、と思った。魔術の隠匿も何もあったものでは無いと思ったが、彼女のことだから何かしら対策はしているのだろう。
 どうせこの火災だって何かが原因のボヤ騒ぎとして処理される。そのように現実世界と調整するのだと言われていた。
「ままならないですね」
 気にしなければいいものを、そうは出来ないのだと言うことを今は知っていた。そのような男だからこそそこまで嫌いにはならなかった。むしろ、好ましいとは思う。だからこれ以上は踏み入らない。
 龍童はランサーへ目を向けることも無いまま、そうだな、とだけ肯定した。

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