奇縁
槍主従と弓主従の話。
よく分からないやつ。
龍童令がランサーに抱いた感想はこれだった。
当の本人は今に実体化したまま座っている。何か気になったのか、適当な本をぱらぱらと捲っては閉じるのを繰り返していた。適当にまとめて保ってきたのか、机の上には本が山積みになっている。
後で片せばそれでいいか、と思いながら、そういうことでもない、と窓の外を見る。初冬の街に人気はあまりない。平日の昼だというのもあるだろう。そもそも、聖杯戦争の参加者同士の諍いも夜がメインだ。だからといって昼が安全というわけでも無いのだが、少なくとも夜よりは安全だった。
「マスター、今日はどうするんです」
声をかけられて思考を止めた。黒い目からは思考が読み取れない。それでいい、と思っていた。サーヴァントを御しきれずに死んだマスターもいたことだろう。そうなればいい、と思っていた。
「今日も同じだ。偵察と横やり」
「もう一週間も同じことしてますけど、まあ最初なんてそんなもんですかね」
「そもそもサーヴァントさえ出そろってなかったからな……」
「あー、そういやそうでした。忘れてください」
最初にまともに召喚されたのがランサーだ。次がマスター不明のキャスター、その次がメアリー・ブラウンに召喚されたバーサーカー。少し時間をおいてアーチャー。セイバーは未だに召喚される様子はない。
不完全な聖杯だからなのか、あるいは通常もそのようなものなのかは判然としないが、ともかく今現在に至るまで主立った動きが無いのも事実だった。
「正直ブラウンあたりが英霊のエキシビジョン・マッチを見たいとかクソみたいな理由で仕掛けてくるかと思ってたんだが、そういうのもなかったもんな」
「うわ、あの人そういうタイプなんすね」
「アレは割と頭のネジ外れてるタイプだぞ。まともに話が通じると思ってると痛い目見る」
「なんつーか……え、そういう人と同盟結んでるんですかアンタ」
「そうだな」
正直同盟など結んでいない方が遙かにマシまである。中身に爆弾類が入っている可能性のあるびっくり箱のような女だ。味方にいても敵にいても厄介だが、正直下手な味方より敵の方が気が楽なのはそうだった。
ランサーの困惑混じりの視線に肩をすくめれば、苦労しますね、と心底同情したような声がかけられた。
間際の夢を見ていた。自分の、ではない。知らない人間の最期だった。
それは穏やかな最期だった。碧空と、風に吹かれて僅かに舞っている緑色が視界に映っている。風は激しいわけでは無く、ただ穏やかに――その男の最期を象徴するかのように、ただ穏やかに吹いていた。
何も。
何も無かった。
罰も、報いも、苦難も、苦痛も。
その男の最期はそれだけ。穏やかで静かで、悔恨の涙さえも流れることは無く。
報いがあれば、後悔があれば、罰があれば、何でもいい、何かあればどれほど良かっただろうか。
――『それ』さえあれば、終われたのに。
そうして壬生の赤狼はその人生の幕を下ろした。誰に責められるわけでも無く、ただ穏やかに、大陸の風に吹かれて、おそらくはずっと望んでいたはずの最期を得た。
(責められたかった?)
あるいは、裁かれたかった。何でもいい、報いを受けたかったのかもしれなかった。あるいは安堵もあったのかもしれない。目を開く。西日が差し込む部屋は未だに明るい。
そんな夢を、ここ数日ずっと見ている。休めた気がしない、とまでは言わないが気になることは事実だった。それでも口にはすまいとランサーには話していない。己が何か言えた口では無いからだ。
原田左之助。新撰組十番隊組長。戦死した、というのが原田左之助の一般的な末路だが、あの記憶を信用するのならば彼はその先も生きたのだろう。そうして最後の最期まで死に損ねて、そして穏やかに目を閉じた。
だとすれば、ある意味殺されるために呼び出されたこの状況をあのランサーはどう思っているのだろう、と天井を眺めていた。
嫉妬半分、同情半分と言ったところだろう。
歴史に名を残して人理の影となっている以上、彼は確かに今を生きる人類であったものだ。確かに生きて、この世に存在した証跡を残したからここにいる。変えようとあがいて、変わったものも確かに在ったのだろう。だから、うらやましい。それは龍童には決して為し得ないものだからだ。
それでいて、あがいて時代に逆らっても変えられないものも確かに在ったのだ。むしろ、変えられなかったものの方が多かったという。結局新撰組は非常に短命な組織で、その最後は決していいものとは言えないような終わり方だった。だから同情を抱く。一般論として、そういった感情を抱くのが普通だろう。
息を吐く。身体を起こす。冬に差し掛かった夕方は短い。あっという間に日は落ちていく。布団から這い出て、それから大きくのびをする。
「もう出ますか」
「ああ」
黒い目は相変わらず何を考えているのかは分からない。何を思って召喚に応じたのか、あるいは召喚されたのか。
体中の傷跡は歴戦の戦士を思わせたが、一方で向こう見ずな突撃を繰り返した無謀の痕跡のようにも見えた。
髪を結ぶ。玄関を開けて外に出れば、ランサーはそのまま霊体化した。
(同情、なんて)
するはずが無かった。一般論としてはきっと土壌されるような組織であったように思える。ただ、ただ、それでも、それ以上に。
うらやましい、うらやましい、うらやましい――だってお前は確かに正しく『今を生きる人類』であったのに!
息を吸う。息を吐く。そんな心は一つだって表に出さないまま、夜の街を見回るべく一人分の足音を響かせながらただ歩いて回った。
*
よく分からない人だ。
ランサーがマスターに抱いた印象はそれだった。願いは無い、という。聖杯戦争なんかにはじめから参加するつもりなどなかったのだ、とも。
そういうこともあるのだろう。聖杯戦争という仕組み上、魔術師でマスター適正があって、召喚できる状況さえ整ってしまえばサーヴァントが呼ばれる可能性は大いにあるのかもしれない。
現に、龍童がランサーを呼び出した場所には召喚陣が在り、膨大な魔力の跡があった。何者かがサーヴァント召喚を試みた場所だったのかもしれない。魔力と、マスター適正者がそろっていて、後は縁さえあればサーヴァントを召喚するための最低条件はそろう。
願いは無い、と自分は言った。龍童はそれに目立った反応は示さなかった。そういう物だろう、という認識だけがあった。それも、少しばかり意外だった。
夜の街をただ無言で歩く。龍童はいつも陰鬱そうな顔をして、何かを思い浮かべては言葉にしないまま飲み込んでいる。顔に出やすいタチなのだろう。その割に、思っていることはあまり読み取れない。
「脱落者はなるべく出さないように、でしたっけ」
「まあ、そう。今既に聖杯の降臨地に二騎分の魔力が溜まってる。猶予はあと二騎だけ。可能な限り、長引かせたいんだよ」
さらりと言うが、実際は難しいだろう。龍童とてそれは認識しているはずだった。
ランサーは自身の霊基がすこぶる調子がいいということを自覚していた。マスターから供給される魔力が十全であること、この土地での知名度が十分であることが要因として挙げられるだろう。
それでも厳しい相手は恐らく厳しい。単に相性の問題もある。近代の英霊であるランサーには明確な弱点らしい弱点こそ無いが、逆に言えばそれだけ神秘の土台は脆い英霊でもあった。
対魔力だってクラス補正分の最低限のものしかない。従って、目下の所ランサーの天敵はキャスターと言うことになる。
もっと言えば、多分、このマスターはあのキャスターと戦うことを忌避している。子供の姿だからか、あるいはそのマスターと知己だからか、理由は知らない。ただそういったことも手伝って、できるだけキャスターとは戦いたくないな、とは考えている。
「あと会敵してないのはアーチャーだけか……」
「そうすね。バーサーカーとは戦わないのかと思ってたんですけど、まさか本当に仕掛けてくるとは思いませんでした。相当頭イカれてるんじゃないすか、あの女」
「そうだね」
間髪入れずに同意が返ってきたものだから、思わず龍童の方を見た。龍童は、心底胃が痛そうな表情を浮かべて、本当に頭がおかしいんだよ、と絞り出すかのような声で言った。
「生粋の魔術師でウォー・モンガー。無駄に実力があるせいでやることなすこと結果が出るから始末に負えないんだ。どうせ三日目の接敵だって『英霊同士のバトルとか絶対見たいじゃない』みたいな理由に決まってる……!」
「……すんません、まあ聞いてはいたんですけど、やっぱりイカれてますね」
「そもそも聖杯戦争の応急処置するときにも『英霊のエキシビジョン・マッチとか激アツじゃない?』とか言い出す馬鹿だ」
「あの、十分分かったんで。あとそれ前に聞きました」
きりきりと胃が痛む音が聞こえてくるようだ。聞いても無いのに話がぼろぼろと出てくる当たり、相当振り回されたのだろう。
まあ想像がつかないわけではないな、とランサーはあの女性を思い出す。堂々とした立ち振る舞いと、バーサーカーを悠々と従えるほどの魔術師としての才覚。あれは、そういう性質なのだと言われれば納得できるような雰囲気が確かにあった。
それはそれとして迷惑であることに変わりは無かった。普段は努めて表情を表に出さないようにしているのだろうが、こういったときはあふれるように感情を表に出す。元はそういう人間なのだろう。物心ついたときから感情を表に出さないようにと仕込まれてきたランサーとは、多分違う。
サーヴァントは夢を見ない。正確には、サーヴァントは今を生きる人間のような夢を見ない。記憶の整理のための夢では無く、過去を反芻するかのような夢を見る。あるいは、魔力パスを通じて流れ込むマスターの過去を。
マスターである龍童がランサーの過去を夢に見ているかは知らなかった。聞いてもいない。聞いたところで、とも思っている。英霊である時点でサーヴァントの過去などある程度は把握されるものだ。だからそれ以上の感情は無い。思うところもあまりなかった。
――肉親を失った。恨んでいたわけでは無く、むしろ愛してさえいた。肉親と同じくらい大切な子供に出会った。その子供も失った。そういう無力を突きつけられる過去だけをランサーは知っている。
惨い、とは思う。ただの人間であれば諦められたのかもしれなかった。ただの無力であれば己を責めることが出来たのかもしれなかった。そのいずれの資格も彼には存在していなかった。
それでも、好きなように動けたのだ。流されるわけでも無く、己の意思で、後悔がないように、悪あがきだと分かっていてなお走り続けていた。
だからきっと理解は出来ない、とランサーはマスターから目を逸らす。そうして目を逸らした先に、街明かりを反射したであろう光を視認して、霊体化を解いた。
「マスター!」
「かすってもない!」
龍童のすぐそばにははじき落とされたとおぼしき矢が二本分落下していた。一本はランサーが落としたものだ。つまり一本目を射ると同時に、巧妙に二本目を気付かれないように射っていたと言うことになる。
気がついていなかった、と舌打ちをした。今回はマスターが咄嗟に矢を落とせていたから良かったものの、そうで無ければこの時点で脱落である。
そろって次の攻撃に備えるが、次段が来る様子はない。そうして僅かな時間が経った後、龍童がたたき折られた矢を手に取った。
「手に取った時点で効力があるなんかだったりするかもしれないすね」
「手に取る前に言え、そう言うのは」
「すんません」
そう言いながら龍童は矢を観察している。一般的な作りの短い矢だ。恐らくランサーが知るような、弓道弓術で使用されるような長さの矢では無い。もっと小型の、ボウガンのようなもので射出されたものだろう。
「どうします」
龍童は僅かに眉を寄せて、もう少し歩く、と矢を何かしらの魔術で保護しながら答えた。
「ランサー、アーチャーの矢が飛んできた方角、追えると思うか」
「どうですかね……丁重に二本の矢を一本に見せかけて打ち込むなんて手の込んだことするくらいです。俺だったらとっくに移動してますね」
そして移動した先で撃つ。それを繰り返して、相手が摩耗するのを待つ。周囲に視線を巡らせる。光るものは見当たらない。
現代は遮蔽物が多すぎる、と眉間にしわを着くって、それから龍童へ目を向けた。黒い目はいささか残念そうな色を帯びているようにも、安堵の色を浮かべているようにも見えた。どちらの感情も抱いているのだろう。難儀なことだ、と思った。
「……俺であれば」
龍童がランサーを見上げる。意外そうな表情を浮かべていた。
「場所を移動して狙撃を続けます。仕掛けては移動を繰り返す。それだけで、相手は勝手に消耗するんで」
もっと言えばそれが狙撃手の仕事の一つでもある。一カ所から撃てば簡単に隠れ場所が露呈する。逆に、どこから撃ったか相手が把握できていないのであれば、一つ仕掛けるたびに移動して仕掛けることを繰り返す。仕掛けられた方は狙撃手の発見が困難になると同時に、ひたすら狙われることによる損耗と戦う羽目になる。
その隙を別働隊が突く――というのは、まあよくある戦法でもあるだろう。
「道理だな」
もっと何か言われると思っていたので、すんなりと返ってきた同意の言葉を意外に思った。
何だ、と言わんばかりの視線を向けられて、何も、と返す。龍童は矢を眺めながら、もうそろそろか、と口にした。
「二回目……すね。本当にこのまま歩くんです」
矢を二つ分はじいて、念押しするようにマスターへ尋ねる。案の定、矢は先ほどとは別方向から射られていた。龍童は落ちた矢へ一瞬だけ目を向けて、それから眉を寄せたまま首肯する。
「この街は田舎じゃないが都会でも無い。背が高い建物はほとんど無くて、身を隠せるような林も森もない。この先、駅とは反対方向に開けた場所がある。ほぼ遮蔽物が無い場所だ」
「なるほど、了解です」
比較的閑静な住宅街であるこの場所は、ただこうして道を歩いているだけであれば格好の的だ。身を隠す場所は腐るほど在り、穴の空いた塀の裏にでも潜めばすぐにでも狙撃が出来る。屋根の裏なんかに隠れても、もうこちらからは視認できない。
ただ、開けた場所へ移動すれば話は別だった。この矢の短さであれば、大型の弓では無く小型の弓である可能性が高い。言ってしまえば遠距離からの狙撃は難しい、と考えるのが妥当だった。
龍童の言う開けた場所というのは、元々林だった場所を整地して作られた運動公園のことである。遊具が散在している箇所を除けばただただ広いだけの敷地が広がっているだけの場所で――中距離からの狙撃をするとなれば、英霊の宝具である場合を除けば姿を現すしか無くなる。
「道中の矢は俺が警戒します。マスターは走ることだけに集中してください」
「……ああ」
音は無かった。消音の魔術でも使ったのだろう。ああは言ったものの、龍童はきっちり周辺を警戒している。マスターの後を追いながら、この人は誰にも期待していないのだ、とふと気がついた。
三回目の矢をはじいて、そのまま直進する。四回目の矢をはじく。矢の間隔が短くなって入るが、変わらず矢が飛んでくる方向は別だった。
「毒矢だろうな」
「急所に当てる気なさ過ぎますからね」
「掠ったらアウト、な方が万倍面倒なんだよな」
魔術師が射ているのか、サーヴァントが射ているのかはさておき、どちらにしても掠ればその時点でお終いだろう、というのが共通認識である。
龍童はペースを落とすこと無く駆けていく。サーヴァントと併走出来る程度には強化出来るらしく、息切れしている様子もない。そうして幾度か矢をはじいていく内に、だんだんと矢の頻度が落ちていき、終いには無くなった。
代わりに、だだっ広い平地に出た。
「まあ、アーチャーの言うとおりね。本当にここに来たわ」
人が立っている。暗い夜には不釣り合いな、白い白い人影だった。夜風に揺れる白髪が亡霊の影のように見える。
「アーチャーのマスター、すか」
「ええ。私、わたし――あら、どうしよう。なんて名乗ればいいのかしら」
殺しますか、と龍童に目を向ける。返ってきたのはため息交じりのノーだった。それはそうだ。そもそも龍童は聖杯戦争にまともに参加する気が無い。何ならサーヴァントもマスターも殺す気がなかった。そうしないことが目的でもあるからだ。
その点で、龍童の態度は一貫していた。甘いから、では無く、目的を達成するために不殺の姿勢を徹底している。
「そう、ね。私、シルバーリングというの。よろしく――」
「してる場合じゃねーでしょうが。マジで二度見したんですけど、オレ。何回撤退しろっつっても聞かねーし。アーチャーがランサーの前に姿現すとかお笑い種でしょーが!」
「あら、あら、ふふ、そうね?」
ランサーが無言で槍を構える。いつの間にか――本当にいつの間にか現れていた緑色の影は、マスターである白い女に苦言を呈している。
「あーあー、あちらさんもやる気満々じゃないの。ねーマスター逃げますよ、ホラ。早く」
「いや」
「嫌じゃねーの!」
「……なんすかあれ。母親と反抗期の娘ですか」
「やめてやれ」
びくともしねえ、とアーチャーがひたすらに怒っている。事実、緑衣のアーチャーがひたすらに白い女の外套を引っ張っているが、恐ろしいことにびくともしていない。サーヴァントの筋力に耐えきっているのも驚きだが、なんて言うか頑丈な衣服だなと呟いた龍童の方が面白かった。
「ええ、ランサーの、マスターさん」
「……ああ、うん。アーチャーはいいのか」
「もちろん。ね、アーチャー」
「良くはねーんですよねぇ!」
「大変そうすね」
本当にアーチャーが哀れに見えてきて、龍童は頭を抱えランサーは吹いた。マジかコイツ、という目で見られたが、正直言って面白いものは面白いのである。
アーチャーはついに諦めたらしく、盛大にため息をつきながら、オレは知りませんよ、と文句を言っていた。それでも手甲にはボウガンのように見える武器が見えた。視線は間違いなくこちらへ向けられている。だからランサーも槍を放さないし、何なら刀の柄に手をかけてもいた。
「貴方、聖杯が要らないって、ほんとう?」
一瞬の静寂が場を支配する。龍童は、ああ、と短く答えた。
「まあ、本当なのね。なら、なら、ええ――」
風が吹いた。龍童が腰を低くし、ランサーが槍を振るう。
「チッ、だから言ったんですよ、オレは!」
「マスター、下がってください!」
ギィン、と耳障りな金属音と共に風を切る音を拾う。それを、背後からの電撃が打ち消していく。
「あら? 聖杯、要らないのでは無いの?」
不思議そうな声に舌打ちが返る。
「聖杯は要らねえが聖杯を完成させるわけにもいかねえんだな、これが。ランサー、撤退するぞ」
「うす。了解です」
大きく後退する隙に、めざとく矢が飛んでくる。掠るだけの位置。避ければマスターに直撃する。かといってはじくには獲物が間に合わない。
受けた方がマシ、と判断しかけたときに、背後から雷撃が矢をたたき落とした。
『森の隣人よ』
声に魔力が乗る。二射目を今度ははじいて、龍童に追従する。
『その枝葉に我らを隠せ!』
ずるり、と。
アーチャーの気配が消える。アーチャーのマスターの気配も同じように消え失せた。一瞬だけ視界が白く塗りつぶされて、そして見慣れた和室へ出た。
*
溶けるように消えた姿を確かめるように矢を向けて、それから本当にいなくなったらしいと判断して武器を降ろした。
「ありゃ相当なくせ者ですぜ、マスター。っつーか、オレ散々とっとと逃げろって言いましたよねぇ。この奥にしこたま罠仕掛けといたのが全部無駄になったんですけど?」
アーチャーの苦言ににこりと笑みだけで返す。そうね、ごめんなさいね――ふわふわと宙に浮いた謝罪。重さは無い。かといって軽さも無い。悪かった、と言う事実だけが込められた謝罪だった。
それをため息一つでアーチャーは流して、追います、と一応尋ねる。答えは予想がついていた。そういう非人間であることを、アーチャーはよく知っていた。
「いいえ、追わないわ。また、会ったときにお話しできればそれでいいの」
「へいへい、さいですか」
シルバーリング。銀の環を名乗る彼女は、半分人間で半分人外だ。享楽的な性格で、自己の欲求を満たすようにしか動けない。その上で、人であった頃の理性が中途半端に歯止めをかけている。
哀れなことで。
思うことは口に出さないまま、ランサー陣営が消えていった先を見つめたまま霊体化した。


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