日は炎の中に落ちる

髪永さん宅のサクラちゃんに武器作ってもらった記念SSです。やったー!!


 決まって、日が落ちる時間帯の、炎に世界が飲まれるかのような色の夢を見る。
 己はその場にいなかったというのに、まるでそこにいたかのような夢を、頻繁に見ている。

 正座をしていた。いい加減足がしびれそうであるが、どうあがいても知介の自業自得なので「もうそろそろ足崩して良いですか?」とは言えなかった。そもそも言える雰囲気でもない。
「さて知介さん。自ら正座をしたと言うことは、なくしましたね?」
「……はい」
 ふう、と小さな息が吐かれた。己より背丈の小さいヒューマンの少女は一瞬だけ穏やかな表情を浮かべ――
「これで何回目ですかぁ!」
 と、盛大な怒号を飛ばした。

 知介は近接型の陽炎で、主な獲物は剣か槍である。両方ともそれなりに得手ではあるが、どちらかと言えば剣の方が得意だ。武器はこだわりがないので、基本は支給の武器を使用していた。
 いや、全くこだわりがないというわけではないのだが、とにかく基礎スペックを補うために何でもする動きをするため、どうしても武器を紛失しがちなのである。
 特に撤退直前に遠方に敵影を確認したときにやらかしがちで、端的に言えば咄嗟に投げてしまうのである。
 剣とか槍を。ためらいなく。遠方の敵に向けて。
 同行している陽炎に「飛んでいきましたね」と事実を陳列されること複数回。そのうち「飛んでいきましたね」が「飛んでいきましたが大丈夫ですか?」になるほどに投げた。数年単位でコレである。知介の稼働年数を考えるとなくした武器の本数はあまり考えたくない。
 なお、より正確に言えばなくしたことも少なくなければ破壊したことも少なくない。量産品であるが故に扱いがとんでもなく雑であった。
「私が来てから余裕で二桁ですよ!? これじゃあ下手したら三桁はなくしてるんじゃあ……!」
「誤解だ! 流石にそこまでなくしてない!」
「疑われる時点で相当ではないですか?」
「はい……」
 ド正論である。ぐうの音も出なかった。
 ちなみに三桁いっていないのは本当であり確実である。なぜなら武器の在庫を仕切っている職員に「三桁なくしたら減給と懲罰対象ですからね」と脅されているからである。どうしようもない判断方法であった。
 投擲用のナイフを持ち歩けば良いのはそれはそうなのだが、持っていっても使い切った矢先に投擲した方が良いような場面が訪れるのである。知介は半ば仕方のないことである――と、うっすら開き直ってさえいた。
「支給武器だってタダではないですし、資源なんですから。必要なら仕方がないですけど、気をつけてくださいね?」
「はい……」
 年端のいかない少女に説教をされるとは何とも面目の立たないことである。
 武器研究部の区画を出て、それからこれから飛んでいくであろう武器代と自分の貯金額を思い浮かべ、まあ問題は無いか、と息を吐いた。
 武器を必要以上になくすな、はどうしようもないほどに正論である。特に知介のような、「単に筋力が陽炎クラスであるだけの陽炎」は武器の喪失は致命的だ。聖者に肉弾戦でどうにか出来るほどのスペックはない。それは自分自身が一番良く理解していた。
 ラウピティアのようなスペックもなければ、ツバサのように設計された兵器でもない。ただ過去の妄執をエンジンに走り続けるだけのガラクタが知介だ。
 サクラの怒り方は苦手だった。じくじくと古い傷が痛むような気がしたからだ。彼女自身は苦手ではない。むしろ好ましい部類に入る。
 ただ、ただ、その怒った表情に含まれる感情に酷く既視感があって、それがどうにも古い記憶の蓋を動かすものだから、だから苦手なのだ。
「おや、珍しい……わけでもないですね」
「ああ、タスク。そっちのが珍しい」
「この間、修繕依頼が出ましてね。現調に来たわけです」
 履きつぶされた革靴の、初老の男性はそんなことを言って眉を下げて笑った。どこか困ったような笑い方は彼の癖のようなもので、いつもそういう表情を浮かべている。現地調査に来たという当たり、まだ現場職を退いたわけではないようだった。
 施設発展部のタスクという男と知介はそこまで距離が近いわけではない。ただ、単純にサイハテにいる年数が長いため、何となく顔を合わせる機会も多く、親しくないわけではない知人、程度の仲にはなっていた。
「知介さんはちょうど用事が終わったところですか」
「ん、まあそんなところ。武器をなくした弁明に」
 より正確には消耗した支給武器のメンテナンス義務を果たせなくなったので謝りに来た、が正しい。支給武器といえどメンテナンスは必要なので、帰投した際には武器開発の担当者へ武器のメンテナンスを頼む必要があるのである。
 タスクはそんな話を聞いて、なるほどと頷いてから首をかしげた。
「武器を……前もそのような話を聞いた気が」
「前もそんな話はしたな」
「常習犯ではないですか」
 タスクの眉が更に下がる。困ったような表情を浮かべて、あまり武器開発部を困らせないでくださいよ、と続けられる。そこに関しては本当に何も言い返せないというのだから酷い話である。
「元々、物持ちが悪い人ではないでしょうに。何故武器に限ってそんな……高価なのに……」
 不思議そうな声に、今度はこちらが眉を下げる番だった。
 武器だけ物持ちが悪い、と言うわけではない。元々、知介はどちらかと言えば物を大切に扱う方の類の人間だった。単に、たまたま、武器に関してはそうできない状況に置かれがちである、というだけで。
 尤も、本来であればそんな必要は無いのかもしれない。別に投擲しなくたって、近づいて撃破すれば良いだけと言われればそれまでだ。だから、半ば無意識に選択している行動について知介は深く考えたことはない。
 それがたとえ自分のことであったとしても、不用意に深く掘り下げたときに良いことばかりが待ち受けているわけではないと言うことを、この記憶はよく知っていた。
「別にあんまり他に給料も使わないからなあ。存外困ってな――……あ、いや、ちゃんと気をつけます」
「おや、サクラさん」
「こんにちはタスクさん! で、知介さん。先ほどの言は聞き間違いですね?」
「はい」
 本当に場所を問わず適度に気を抜かないでいられるヤツはすごいなあ、と現実逃避じみたことを考えた。そして葉脈の人間ってどうにも陽炎や翔とは違う凄味があるな、とも改めて思った。なんというか、頭が上がらないのである。
 隣で微笑ましそうに笑っているタスクが若干恨めしく、何か言ってくれと目を向けたが、自業自得ですねという目で返されて終わった。本当にそうである。
「まったくもう……あ、現調お願いしてた部屋はこの二つ奥の部屋です。毎回すいません」
「丁寧にありがとうございます。これが仕事ですから、お気になさらず」
 タスクはサクラに小さくお辞儀をして去って行く。仕事できたのだから世間話でこれ以上引き留めてやる道理もなかった。
「それじゃあ、俺もこれで」
「もう武器なくさないでくださいよ! 次なくしたら柄にGPS仕込みますからね!」
「…………善処はする」
「そこはしないって言い切ってくださいよお!」
 柄にGPSとは、何というか貴重品をなくす子供に対する仕打ちである。勘弁して欲しいが、正直次回はありませんと言い切れるかというと無理である。
 中には専用の武器を持っている陽炎も少なくない――と言うか、むしろ多いのだが、よくもまあ紛失しない物だと知介は思っている。
 実際の所は頻繁になくす方が珍しいのである。戦いを生業とするものが武器を頻繁になくしてどうなるというのか。死ぬだけである。
 まあ頑張るので、と曖昧な肯定を返せば、桜色の――この身体では見たことのない花の色だ――髪の少女は、やはり怒ったような表情で、なくさないでくださいよ、と念をおした。

 武器を握る。振って、はじかれて、振って、腕を持って行かれる。武器が折れるなんて日常茶飯事で、相手に傷がつかないなんて当たり前。
 泥沼の撤退戦しか経験は無かった。後ろにいる人間が、安全地帯まで避難するまでの時間稼ぎシカできなかった。人間の力などそんな物だろう。
 赤々と染まりゆく空に、金と白の輪郭が曖昧になっていく。視界がおかしいのか、それとも見えている現実がおかしいのか、区別はとっくの前からついていなかった。
 血がにじむ。にぎしり閉めた拳の感覚はとっくに失せている。爪は割れていた。柄は真っ赤だった。
 撤退、と言う怒号が耳に聞こえるまで、多分、己は人間らしい人間ではいられなかったのだろう。

 今の剣は軽い。量産品というのもあるし、扱いやすさを優先させて設計されたのもあった。槍の方が柄が長い分、剣よりは重い。それでも知介からしてみれば、もう少し重たい方が好みだった。尤も、好みがある程度の話で、戦闘に支障は無い。ここ五十年と少し、そうやって武器を振るってきた。
「うーん……知介さん、やっぱりこの支給武器合ってないんじゃ無いでしょうか」
 そういう声に、思考が現実に引き戻される。白昼夢でも見ていた気分だった。
 支給の剣をなくしてサクラに怒られタスクに苦笑された日から数日。そこまで日は経っていない。今度は剣を投げる必要も無かったので、そのまま哨戒任務から戻ってきてメンテナンスに出して今に至る。
 サクラは右目でグラスに浮かぶ何かと、紙面上の数字、それから剣の状態を見比べながら、ううん、と唸った。
「余計なお世話かもしれないんですけど」
「余計なお世話ではないだろ。仕事なんだから」
 重なる。重ねている。そういう自覚があって、幻覚を振り払うように言葉を重ねた。
 幼い頃に、そういう少女がいた。肉親ではない。幼なじみかと言われると少し微妙だ。しかし、仲は良かったと記憶している。見た目は似ていない。性格も、能力も、何一つ。ただ共通項があるだけ。当てはまる人間など掃いて捨てるほどあるそれを見いだして、勝手に重ねて勝手に苦しんでいる。酷く息苦しかった。
 妙な夢を見たせいかもしれない。いつものことでもあった。
「えっと、それなら……」
 サクラは真面目な表情を浮かべて、紙の資料と傷ついた剣、それから知介の顔を見ながら口を開く。どうにも視線が忙しなくて、微笑ましさを覚えた。
「まず柄が軋んでいます。余計に握りしめて振るっていませんか? それと、刃の刃こぼれも通常より激しいです。力任せに押し切ったみたいな……そういう用途の剣ではないですから、負荷がそのまま剣にかかちゃってますね。代えがあるとはいえ、これ任務途中で折れたこともあるんじゃないでしょうか」
「あるな。大抵折れたままなんとかしてるが」
「折れたままなんとかなるんですか……?」
「望ましくはないけど、それなりに。人間型の陽炎は柔軟性が武器なんだよ」
 半分冗談、半分本気である。内心驚きながらそんなことを言えば、サクラは眉間にしわを寄せて、むむ、と唸りだしてしまった。
 そこまで分かるものか、と感心しているのは事実である。実際、似た指摘を受けたことはあった。それもやはり武器開発の青年だった。もうこの世にはいない。無理がたたったのだ。夭逝だった。
 それでもここまで若くはなかったよなあ、とサクラを見やる。そういえば、既に何点か専用武器の制作を主導して、実戦投入もされているのだったか――同僚の噂話を思い出しては、そっと首を振った。
(ツラと性格の割にえっぐい武器作るって噂話は黙っておこう)
 実際、噂話とは尾ひれ背びれがつきやすいものである。蓋を開けてみればそれほどでもない、と言うことの方がざらにある。
 そんなことを思い返している内に、小さなうなり声が止まったのに気がついて、サクラの方に目を向けた。
 サクラは剣と知介を一度ずつ見やりながら、口を開く。正確で、端的な言葉だった。
「軽くて、脆すぎるのでは」
 少しだけ目蓋が持ち上がった気がした。
「……まあ、そうだな」
 そう、軽いのだ。ついでに脆い。鍛え方や武器の特性には依るが、武器は基本的に軽ければ脆いし重ければ頑丈だ。知介の場合、もう少しだけ重たくて硬い武器の方が使い慣れている。
 鉄の剣。何の変哲も無い、飾り気もなければ特別なからくりもない、シンプルな両刃の剣。たった十数年間だけ握っていた、『人間』の武器。
 それが、知介という陽炎にとって最もなじみ深い武器だった。支給の武器を握っている年数の方が倍あるというのに、何ともおかしな話だと自分でさえ思っている。
「元々持ってた剣は比較的重かったんで、それはちょっと軽い。長く持ってはいるけど、どうにもそこだけ慣れないんだよな」
「なるほど」
 こくりと頷くと、サクラはにこりと花の咲くような笑みを浮かべて、壁に貼ってあるポスターを指さした。
 カラフルな色合いで、恐らくは人型の陽炎のイラストと、なんというか実用性に乏しそうな奇抜な――これモーニングスターだ――武器がデフォルメされて描かれている。ポップな字体で踊る『武器制作依頼募集中!』がシュールだ。
「専用武器とかどうでしょう」
「……俺が言うのも本当になんなんだけどさ、正気か?」
「正気ですよ! いえ、咄嗟に武器を投げちゃうのも軽すぎるからなのかも……と思いまして。それに、この間の会話少し聞こえちゃったんですけれど、本当は物持ちいいんですよね、知介さん」
 言われてみればそうかもしれなかった。投げられる重量だから投げている、というのは道理だ。そこまで深く考えていなかったので目から鱗がおちたようだった。
「『専用武器』ならそうそうなくしませんよね!」
「そ……うですね……」
「目を! 逸らさないでください!」
 専用武器、を殊更に強調するあたり、何とも心を読まれているようで居心地が悪い。図星である。
 いくら壊れてもどうせ支給品だから、という心理が全くないわけでは無い。咄嗟に投擲や破壊前提の攻撃を選択するのも、そういう理由もあるのだろう。
 ただ、専用の武器か、と知介は目を逸らして内心で息を吐く。
 そんなものを持って良いのだろうか。そんなものを持てるような技量が己にあるのだろうか。ああ、いや、それ以前に――
 ――『壊れなくてなくさない武器』を、本当は自分は拒んではいないだろうか?
「でも、実際は資金と素材で相談になりますから、無理に、とは言いませんけど……選択肢の一つくらいには思っていてもらえると嬉しいです」
 こほん、と小さく咳払いをしながらサクラが続ける。それで、うつろな思考が現実に戻った。僅かに心配そうな表情を浮かべた少女が座っている。見慣れた表情だった。
「いや」
 苦手な顔だった。そう何度も見たい表情ではない。
 口を開く。いつまで経っても逃げ腰の自分は、いつだって自分で退路を断つしか先に進む術はなかった。
 これだけ自分に合わない剣を握り続けてきた理由も、なぜだか武器だけはなくしがちな理由も、自ら深く考えずとも歩くことは出来るのだ。直視しなくてはならなくなったらその時直視すれば良い。どうあれ、武器をなくすということ自体は問題だ。直した方が良いことには違いない。
「それなら頼もう……かな」
 自分の性格上、オーダーメイド品の方がなくさないだろう。
 今でこそもう紛失しているが、遠い昔、貰い物の安物の鉄製のお守りだって中々なくさなかった。多分、そういう性質なのだ。
 ぱっ、とサクラの表情が明るくなる。頭が痛い。何かがずっと重なっている。外側だけは多分繕えている。浮かび上がりそうになる古い輪郭を必死に抑えつけていた。

 軽い、と思った。恐らく、この武器は生前に持っていた武器よりも重たいはずだ。そうでなければ自分はともかく他の陽炎の使用に耐えられない。
「どうだ、身体の調子は。基本的な機能は人間と同一だ。そこまで差異はないと踏んでいるが、脳機能はあまりに複雑だからな。念のため確認しておきたい」
 顔のぼやけた研究者が問う。ここで、夢か、戸気がついた。手袋のない手を見下ろす。手のひらの皮膚は若干硬い。視線は記憶よりもやや高い。衣服は入院着のようだった。首には心当たりのない雑な縫合痕がある。
 死んだ記憶があった。どこかで確実にの垂れ死んだはずだった。そこからどういうわけか目が覚めたのが数日前。身体は思うよりもすんなり慣れた。人の脳は高機能らしいが、人が思うよりもいい加減だ。
「力加減がつかめないな。生前と乖離が激しすぎる」
「それ以外は?」
「特に。普通に腹も減るし、痛覚もある。違和感はそこまでない」
「ならいい。筋力や体力に関しては今後一年程度の猶予はある。それまでになんとかしろ。早く仕上がればそれだけ早く実戦投入される」
 機械的なやりとりだった。何とも勝手な話だと思っていながら、どこかで安心している自分がいた。
 結局の所、知介という青年は普通の青年だったのだ。当たり前に戦うのは怖い。武器を握るのは怖い。死ぬのは、怖い。とても。だから死にたくはなかった。
(……馬鹿な話だ)
 最期に目を閉じたあの時、誰より安堵したのは自分だったろうに。

 数度、剣を振るった。最初こそ違和感のあった握りも既に修正されて、さほど違和感はない。重さもちょうど良い。生前に握っていた剣と遠くない重量感だった。
「うん、うん……大丈夫そうだ。問題ないよ」
「良かったです! あ、柄のテープは消耗品なので、定期的に交換してくださいね。交換の目安は吸水性が落ちたと思ったら交換してください。擦り切れる前に交換推奨です」
「分かった。他は普通の剣と同じ手入れの認識で良いんだな?」
「はい!」
 ばっちりです、とサクラが親指を立てた。
 武器の制作を依頼してから、必要素材を買い集め、技術料含め支払いに問題が無いと申請が通り今に至る。
 形状は伝統的な東洋の剣に近い。まっすぐで反りの無い、両刃の剣だ。先端はとがっており、刺突も行える。剣の根元は分厚く作られており、逆に先端に近づくほど薄く鋭利な刃になる。使い慣れた剣の形状だった。
 刀身は白い。目に痛いほどだ。人型聖者の大腿部を使用しているから、強度も申し分無かった。聖者素材の一番の難点である重量も、今の身体であれば問題は無い。むしろちょうど良いのだ。
「あ、柄頭の房は私がつけたものです。汚れちゃったりボロボロになっちゃったりしたら、交換しますので言ってくださいね」
「……要るか? これ」
「オレンジ色は野生動物には視認されにくい色ですが、野外では目立ちますから! これなら落としても見つけやすいですよね!」
「はい」
 別に何日か前の時のように怒られているわけえでは無いのだが、笑顔に妙な凄味があって、つい敬語で頷いた。コレに関しては十割知介に非があるので本当に何も言えない。何なら頭も上がらない。この現場を目撃されてラウピティアにいじられて喧嘩になったが、何にせよ悪いのは己である。
 柄頭につけられた房飾りは鮮やかな橙色だ。人間から見たときの視認性が良く、かつ野生動物の目から見たときに周辺の色と判断がつきにくいなどの理由で、特に野山での活動に好まれる色である。白い刀身に暗い色の柄、そして鮮やかな橙色の房飾り。無骨ではあるが、地味では無いと言った印象の剣であった。
(夕日の色)
 浮かび上がる過去の輪郭を見ない振りをした。
 生活の営みが覆されようと、自然現象だけは変わりなく。ただ当たり前に日は昇って沈んでいる。赤々と燃えた誰かの故郷の中に、日がとぷりと沈んでいく。
 そういう光景を、ふと思い出して、無かったことにした。
「ありがとう。大事に使わせてもらう」
「はい! 是非とも、大切に使ってくださいね。次なくしたら本当にGPS仕込みますからね」
「はい」
 淡々とした声音が一周回って怖かった。やはり普段はにこやかにしている人ほど怒らせると怖いのだなあ、と息を吐く。
 剣は重く、込められた想いも酷く重荷で。
「……そういや、こいつの銘は?」
「あ、すっかり忘れてた……! 銘は『松風』、東洋の縁起物からとって名付けました」
 ああ、つけられた銘も酷く重たい。

 夢を見る。決まって、日が落ちる時間帯の、炎に世界が飲まれるかのような色の夢を見る。
 白い刀身の剣を握っていた。柄頭には夕日の色の房飾りが揺れている。馬鹿な話。今この剣を持っているわけが無い。この時点での『知介』がこの剣を持っているはずも無い。
「ねえお兄ちゃん。これ、最初からあったらわたしたちはおばあちゃんになれてたの?」
「まさか。どうにもならないよ。どうにも」
 剣の一つで覆せるわけも無い。剣の一つで覆せるのならば何百年と泥沼の戦いを続けてなどいない。だから、それまでの話なのだ。
「……救われた気になった?」
「そうかもな」
 目を開ける。暗い自室が視界に映る。剣置きには支給品の剣の代わりに松風が鎮座していた。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!
error: このページのコピーは制限されています。
タイトルとURLをコピーしました