灰寺さん(@slowdown)宅のルナさんと匠くん同室になりましたありがとうございますの小話
からん、とマドラーと陶器のコップがふれあう音を聞く。僅かに響く液体が跳ねる音と、しゅわしゅわと未だ蒸気を吐き出すポットへ目を向けて、匠は小さく息を吐いた。
やってしまったなあ、という後悔だけがある。元々他人の深いところやや若いところへ足を踏み入れるような趣味は無く、どちらかと言えば薄い表面上の付き合いを続けることが多かった。そちらの方がずっと楽だからだ。
きっかけは、そう、なんとなく振った、知人の話だった。匠とルナが居住区に割り当てられた部屋を同じくしてからそれなりに経った頃、世間話の一環で、そういえば、とそういう話をした。
「――これは、独り言だけど」
そんな前置きと共に語られたそれはあまりにも苦くて悲しくて、同時に一つも共感など出来やしなかった。遠すぎた、とも形容できる。
透き通りそうな銀の髪は白色灯に紛れて消え失せそうで、己に向けられていない目はただデスクの上の書類に向けられている。元より頭脳労働に特化している彼は、話をしながらも手を止めることは無い。
それが、ただの過去なのだと言い聞かせているようだ。
言葉の上からでも香る血の臭いと、遠く聞こえる悔恨の慟哭に顔をしかめてしまいそうで、それを耐える。同情の一つでもすれば良い物を、なぜだか匠はそれが出来なかった。
からからと回るマドラーへ目を向けて、小さく息を吐く。ルナがそんな酷く重たい『独り言』を話す前に淹れたものだ。ほのかに土臭さを感じるそれを口に含んで、苦いなあ、と飲み込んだ。
「あ、砂糖を出すの忘れてた。入れるかい?」
「じゃあ、そうしようかな」
「なら、はい、これね。僕も入れようかな」
決して安くは無いスティックタイプの砂糖の封を切る。白い甘さの塊は黒い汚水の中に解けて消えていった。からから、からから、と音を立ててカップの中をかき混ぜる。
苦い話だった。
苦くて、悲しくて、空しくて――酷く、既視感のある話。
違う、という確信だけがあるくせに、その根底に隠れた怯えだけは妙に理解できてしまって、途方もなく恐ろしかった。その理由さえ分からないくせに。
『独り言』が終わった室内はしんと静まりかえっている。沸騰した液体が徐々に静まっていく音でさえ聞こえるほどに。
砂糖を溶かしたコーヒーを口に含んで、やっぱりまだ苦いなあ、とくるくるとかき混ぜた。苦い上に、絶妙に固まっている砂糖が口の中に流れ込んで甘ったるい。苦さと甘さの差でちょっと気分が悪くなりそうなほど。
ルナはまだ手を動かしている。元々長時間の活動に最適化されている身体だ、もう少しは普通に研究を進めていることだろう。ただの人間である匠はいい加減寝なければ身体が持たない。寝られるときに寝なければ、いつ睡眠時間が削られるのか分からないのが葉脈であった。
「コーヒーに砂糖はあわないね」
苦笑交じりの声に顔を上げて、空っぽになったカップを回収してシンクの中に入れる。蛇口を捻ってカップの中に水を満たせば、茶色く濁った水がカップの中に満ちていった。
「さあ、人によるんじゃない。僕はミルクの方がいいけど」
そんな言葉と一緒に蛇口を閉めた。


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