Fate/Abendrot – 2

邂逅

剣主従と槍主従の話。剣主従のテーマはボーイミーツガールで王道少年漫画です。


 秤にかけられたものが重いのか軽いのか。詰まるところ、彼の判断基準はそれだけだった。判断をする、と言うだけであればそれ以上のこと入らなくて、何が重んじるもので何を捨てればいい軽いものなのかを判じればいいだけ。それさえ分かるのであれば、恐れる必要も無ければ判断に迷う必要も無い。ほとんどの場合、何が重たくて何が軽いかなんてものは明確なのだ。
 だからこの待遇に不満は無い。これが最適である、という確信がある。魔術師の家の人間が子供を重要視するのは当然で、その目的は魔術の伝承のため。
「わたくしは、納得いきません」
「ええー、それは有り難いけどさ。あんまり言わない方がいいよ、それ。それに俺は文句も不満もないし。ちゃんとご飯くれるからね」
「しかし――」
「だめだよ。言い過ぎると前の人みたいに行方知らずになるぜ?」
 初老の女性はその言葉にぐっと喉を詰まらせる。前の手伝いはこの身の扱いに大して異議をあまりにおおっぴらに話すものだから、邪魔だとされてどこかへ行ってしまった。
 よく、理解できなかった。黙っておけばいいのになぁ、とも思う。だってそうすれば平穏に過ごせる。魔術に没頭したいのと、ついでにそれ以外のことが煩わしい鼎の家の魔術師は、ある種相当に合理的だ。
 表舞台のことは表の人間に。魔術のことだけは自分たちが。そのように役割分担をしている。ある意味では『まっとう』だ。それは正しい。合理的で、特段誰にも迷惑をかけない。表のことに対して鼎の家の魔術師は踏み込まないし、逆もしかり、だ。
「ご飯ありがとね」
「ケイ様」
「いーの、いーの。それよりカサネの世話、よろしくねー」
 早く行け、と手を振る。手伝いの女はまだ後ろ髪を引かれるようにケイの方を見ていたが、やがてそのまま姿を消した。
「やー、分からないね。だってここ、地下室だけど別に普通の部屋だぜ? 出ようと思えば出られるし、鼎の家にも一階に上がってくるなーとか言われてないし。まあ出てっても困惑以上の反応帰ってこないのが目に見えてるけど!」
 何せ妹が生まれてこの方ずっと地下室住まいである。最低限の学識こそあるが、ほぼ引きこもりなので致命的な筋力不足。学校にも行っていないのでコミュニケーション能力だって最悪であろうという自覚もあった。
 そう言うのが良くないのかもなあ、と天井を仰ぐ。白い天井だった。部屋の壁紙もクリームが狩った白色で、机の色はベージュ色。当たり前に電球があって、部屋の鍵は内鍵だ。外側から鍵はかけられない。普通の部屋だ。一般家庭の子供の個室にしてはかなり広い方だろう。そういう意味で、恵まれている――と、ケイは認識している。
 ケイは鼎家の長男で、そして鼎家に黙殺された魔術師である。魔術師、というよりはちまたで言うところの魔術使いと名乗った方がいいのかもしれなかった。何せケイは根源とやらに微塵も興味が無い。
 本棚にしまってある、旅行雑誌の内の一冊を手に取る。内容をほとんど覚えてしまうほど読み込んだせいで、背表紙含めて雑誌は既にボロボロだった。
 紙面上の世界だけを眺めて、この写真の中を歩いてみたい、とは思う。それだけ。行動に移すことは無い。自分が外に出ることによる影響と、自分の欲を天秤にかけたとき、欲の方が遙かに軽いからだ。だから想像するだけ。
 妹は普通の魔術師だった。普通の才能と、当たり前に鼎の家の魔術を継承するための資質があった。ケイにはそれが無かったのだ。魔術師としての才はあったのだが、鼎の家の魔術を継承する為の才は無かった。
 だからここにいる。それだけだ。普通に生きるための支援はしてくれているし、欲しいと望んだものは無理の無い範囲で与えられる。不満は無い。文句は無い。自分の僅かな憧憬は胸にしまってしまえばそれでお終い。
 ――なので、こんな毎日が死ぬまでずっと続くのだろう、と漠然と思っていた。

 与えられた食事を胃に入れて、食器はドアの外に置いておく。そのままベットに寝転がり、新鮮さの欠片もない旅行雑誌を眺めていた。食事はまずくない。美味しい方だと思う。そういう意味で、鼎の家がケイに与えた処遇はかなりまともな部類だった。
「……物音?」
 身体を起こす。魔術師の家だからか、この家はほとんど物音がしない。家の構造上そのように設計しているのか、あるいは単純に消音の魔術を張り巡らせているのかは知らないが、少なくともこの部屋で暮らしていて物音らしい物音は自室以外からは聞こえたことは無かったはずだった。
 だから、ケイはその音をもって異常事態であると判断する。そろりとドアノブに手をかけて、本当に出ていいものか、と逡巡する。魔術は使える。魔術回路は問題なく動作している。この家で物音が貫通して聞こえると言うことは、それ相応の騒ぎが起こっていると見て良かった。
 そこまで考えてから、やっと右手の痣に気がついた。赤黒い痣が手の甲に浮かんでいる。
「ぶつけたっけ」
 手の甲を眺めながら、まあいいか、と今度は迷い無くドアノブを捻る。異常事態であれば様子を見てもいいだろう。既に混乱している中に自分が出ていったところでそこまで混乱はさせまい。
 そんな考えだった。
 酷い轟音が耳を貫いて、思わず思い切りドアを閉めた。
「■■■■■■■――!」
「う、わ、わっ……!」
 木製のドアが呆気なく砕け散る。咄嗟に体中の血管に魔力を巡らせ、そのままドアを破砕した影の方へ走る。影は大きい。巨体であると言うことは、そこまで小回りがきかない可能性が高かった。だからすり抜けて逃げられれば、と思ったのだが、考えが甘かったらしい。
 鼓膜が破れそうなほどの咆吼だった。あまりの殺気と魔力の奔流に体勢が崩れそうになって、地面を蹴る足に力を込める。風が吹いていた。豪速で腕が振られているのだろう、と冷静な脳がそんなことを言っていた。
 視界に影が落ちる。巨躯が走り込んだケイに反応したのだろう、と分かった。悪あがきに更に魔力を足に込める。それでも間に合わないだろう、と奥歯を強く噛んだ。
「ランサー!」
「こっちだ、あほんだら!」
 何かが激しくぶつかって、その勢いで背中を強く壁に打ち付けた。衝撃で息が詰まって、咄嗟に立ち上がることも出来ずに薄く目だけを開ける。
 巨躯の男は青い色を纏っていた。理性を感じられない咆吼を上げて、もう一人の影と激しく打ち合っている。
 痛む身体を無理矢理に起こして、どこからか逃げられないかと周囲に目を向けた。二つの影が激しくぶつかり合うたびにそこかしこが崩れていく音が響いている。地下が崩れるのも時間の問題だろう。そこまで考えてから、存外生きようとあがくものだ、と他人事のように思った。
 まあ当たり前なのかもしれない。死ぬことと、生きること。天秤にかけたら、生きることの方がずっと重たいに決まっている。
 唯一の地下から地上へ通じる道は化物同士がじゃれ合っていてとてもじゃないが進めそうに無い。何かの拍子で天井が崩れてはいないか、と上へ視線を向けるがヒビが入っているくらいでそういった場所は見当たらない。無駄に頑丈な作りなのが裏目に出ている。
 息を吸う。砂埃だらけの空気が喉に張り付いて痛かった。目だけは開いたまま、腰を落とす。ガンガンとそこかしこにぶつけながら戦闘している影を見据えながら、僅かでも逃げられそうな間があればそこから走り抜けようと悪あがきどころではない博打に出るべく魔術回路を稼働させる。
 やらないよりはマシだろう、と思っている。やったところでどうなる、とも思っている。それでも秤が傾くなら動かない選択肢は無かった。そのようにずっと生きてきたのだ。
「ちっ、崩れっ……!」
「■■■■■■!」
「ああクソッ、追ってくんじゃねぇよ!」
 打ち合いの瞬間、撤退しようとしたのか二つの影が明確に離れた。
 今。
 足に力を入れる。迷いは無く、逡巡さえも無く、ただ一直線に駆け抜ける。巨躯の影が腕を上げる。もう片方の影は驚いたように目を見開いている。
(あー……これは、駄目かも)
 多分間に合わない。無駄に長い時間が流れているように思えた。腕の先には巨大な刃が伸びている。屋内だというのに、砂埃だらけだというのに、酷くきらめいて見えたのは何の皮肉だろう、と思った。
 右手が痛い。そういえば痣ができあがっていたな、と思い出す。今更。
 もう片方の足が地面につく前に刃が己に到達することだろう。分かっていた。知っていた。元から分の悪い賭けだった。だからそこに後悔は無い。迷いも無い。ただ、呆気ないなぁと言う諦観と、それから。
 ぶわり、と風が吹いた。
 片足が地面に着く。驚いて、そのまま体勢を崩して盛大にすっこけた。
 そのまま痛む身体を起こして、風が吹いた方へ目を向けた。
 七騎目、と誰かの声を拾う。
 暗い地下室、砂埃の中にあってもまばゆいばかりの白。下げられた剣は細身で、とても実戦向きの剣とは思えない。激しい風に吹かれた金の髪と純白のドレスが、白百合のように見えた。
「サーヴァント……いえ」
 幼さの残る愛らしい少女の声が場違いに転がる。くるりと彼女はこちらへ向かうと、そのままひょいと己の身体を持ち上げて軽やかに跳躍した。
 跳躍をする寸前、激しい咆吼と共に打ち合う音が聞こえたが、影はどちらもこちらを追ってくることは無かった。
「ご無事ですか?」
 こつん、と硬い音とその声で我に返った。晴れた夜で、月明かりに金色の髪と白い衣装が照らされて酷く眩しく見えた。
 彼女の顔にはただこちらを案じる色だけがある。己よりもずっと低い背丈と、腰に下げられた細い剣、それから最低限の急所を守るように纏った鎧。いずれもがアンバランスに見えて、そういうわけでもない。
「あちこち打ち身だらけの擦り傷だらけだけど、なんとか」
 顔に着いた埃を拭いながら答えれば、少女は心配そうに眉を下げて、すいません、と口にした。何を謝るのだろうと思って、首をかしげる。彼女がケイを救ったのは紛れもない事実で、そこにケイが感謝することはあっても彼女が謝る必要は微塵も無かった。
 それよりも、と口にしようとして、再度轟音が響いた。そういえば一つ跳躍をしただけでそこまで鼎の家から距離はないのだった、と今更のように思い出す。
「まだ逃げて無かったのかよ、クソが! マスター、どうするんです。こいつを俺一人で抑えるのは流石に無理がありますよ!」
「どうもこうも、意地でも逃げる。今脱落者を出す余裕はあんまりないんでね」
「無茶言いますね、ホント……」
 後から飛び出してきた男が少女と自分の前に着地してそんな文句を言う。答える声は自分たちの背後からだった。いずれも暗くて顔はよく見えない。ただ、この二人もあの暴力の化身のような存在から逃走を試みていることだけは分かった。
「撤退を試みているのであれば、この場限りで共闘できませんか」
「あ? ……マスター」
「知らん、勝手にしてくれ。来るぞ」
「だ、そうです。すいませんね、うちのマスター人見知りで」
「誰が人見知りだ! ああクソんなこと言ってる間に来ちまったじゃねーか!」
 それ俺のせいじゃないんですけど、と赤髪の男が槍を構えなおしながらぼやいている。少女の方はと言えば、困ったようにこちらを見ていた。
「えっと、いいよってことでしょうか?」
「……じゃないかな」
「分かりました。サーヴァント・セイバー、撤退を援護します!」
 そんなこと、勝手に判断すればいいのに、そうしないのは何故だろう。疑問をしまい込んで、自分はいつでも逃走できるように足に力を入れた。
「背を向けないのはいい判断だが」
「え?」
「この場だと足手まといだな」
 腹に衝撃が加わる。蹴られたのだ、と一拍遅れて認識した。マスター、と悲痛な叫び声が遠く聞こえた。甲高い剣戟の音が混じる。あまりの衝撃に意識が遠のいていく。
「うぐっ……!?」
 それでそのまま奇妙な浮遊感に飛んで粋そうな意識を必死につなぎ止める。少女でも無く、赤髪の男でも無く、恐らくは後から来て悪態を吐いていた男が己をつまみ上げて飛んでいたのであった。

「ここまで逃げればいいだろ。ランサーだけならまだしも、セイバーもいるなら逃げる時間稼いだ後に撤退するくらいならまあ……なんとかはなるか」
 男は自身の右手の甲を眺めながら独り言のように言う。黒い髪の男だった。どさりと着地した場所に落とされて、思わず盛大に咳き込む。意識を飛ばせていないのが残念でならなかったが、飛んでいたら飛んでいたでろくな事態になっていないことだろう。最悪なことである。
 咳き込みながら息を整える。肩で息をしながら、体中の痛みを感じて、生きているのだ、と自覚した。賭けに負けて、結果として生きた。それは何とも奇跡のような出来事で、それも薄氷の上の生なのだろう、とそろりと男へ目を向けた。
 街灯があるおかげで辛うじて表情が読み取れる。何とも言いがたいような顔をしていた。嫌悪しているようにも、呆れているようにも、あるいは後悔しているようにも見えた。
「七騎目のマスターがこんな形で現れるなんてな……鼎の家の厄ネタか、お前」
「厄ネタ? まあ、そうかも」
 げほごほと噎せながら答えれば、男は心底呆れたように息を吐いた。
「その様子だと聖杯戦争のことも知らないか」
 せいはいせんそう。口の中で単語を反芻して、頷く。意味するところは何となくは分かった。それだけだ。聖杯戦争という単語が何を示し、自分がどういった戦争に巻き込まれたのかは見当がつかなかった。
「マスター! ご無事ですか!?」
 この場に不釣り合いなほどに澄んだ声に振り返る。経った今着地しました、という体勢の少女がこちらへ駆け寄っていた。
 マスター。そういえば少女の少し後ろから歩いてくる赤髪の男もそんなことを言っていた。この目の前の男もケイのことを「七騎目のマスター」と呼んだ。つまりはマスターという呼称は自分をさしているのだろう、と頷く。
「先に逃げやがりましたねあんた……相当苦戦したんすけど」
「無傷のやつが何言ってるんだよ」
「ちっ」
 そして後から来た方はやはり盛大に悪態をついている。表情は言葉の割に険しくは内容に見えた。存外彼らの平常運転なのかもしれなかった。
「ねえ、君、さ」
「はい、何でしょう?」
 白百合の少女はにこりと人好きする笑みを浮かべてこちらの言葉を待っている。
「その、『マスター』って言うのは俺のこと?」
「はい。その右手の令呪はマスターの証ですから。申し遅れましたが、サーヴァント・セイバー、召喚に応じ参上しました。半人前の身の上ですが、よろしくお願いします、マスター!」
 ぐるりと言葉だけが頭の中で躍る。マスター。サーヴァント。聖杯戦争。ろくでもないことに巻き込まれたらしい、と言うことだけは分かる。セイバーと名乗ったこの少女が悪人でも無いことは分かる。それ以上は何も分からない。
 呆れたようなため息が聞こえて、セイバーの奥に立っている二人に目を向けた。赤髪の男は槍を持ったままこちらへ視線を向けている。もう片方の男は頭が痛そうに片手で頭を抑えていた。
「緊急事態だったのは分かるが、敵のマスターの前で呑気すぎるだろ」
「まあ、いいんじゃないすか。どうせ攻撃する気も無かったんでしょ」
「確かに無いけどさぁ……」
 槍を収めながら赤髪の男は両手をひらひらと宙に掲げる。長く伸びた前髪のせいでいまいち表情が読みにくい。攻撃の意思はない、と言っているのだろう。セイバーも剣の柄から手を離し、指示を待つようにケイの方へ目を向けた。
 苦手な目だ、と思った。
 決断するのは苦手じゃ無い。決めることも、従うことも、苦手じゃ無い。でもこういった無垢な目は向けられたことが無かった。だから苦手だ、と直感的に思った。
「えっと……鼎ケイ、です。よろしく」
「――『ケイ』」
 ぴくり、と黒髪の方の男の眉が動いた。セイバーは大きな目をさらに大きくして、それから花の咲くような笑みを浮かべる。こらえるような、何かを飲み込むような顔だと思った。
「はい。よろしくお願いします、『マスター』」
 多分、その呼びかけの強ばったような声音に、そんなことを思ったのだと思う。

 聖杯戦争、と男は言った。
「つまり、万能の願望機である『聖杯』を巡って、七騎のサーヴァントと、七人のマスターの殺し合いがあって、俺はそれに巻き込まれた、と」
「嫌に飲み込みが早くて気持ち悪いがそういうことになる」
 黒い方の男は龍童令、というらしかった。龍童も例外なくマスターで、従えるサーヴァントは槍のクラスであるランサー。ケイは剣のクラスであるセイバーを従えるマスター、と言うことになる。
 聞いたことはない。知る由もない。そもそもケイは魔術師としての教育を受けていない。この土地で開催された以上、恐らく鼎の家は知っていたのだろう。もしかしたら、跡取りとして育てられているカサネならば何か知っているのかもしれなかった。
「あ、家……」
 そこまで考えてから、思わず声が漏れた。そういえば家のことをすっかり忘れていた。元よりあまり思い入れが無いのもあったし、こんな異常事態で忘れ去っていたのもある。
 ケイは現在近くの公園まで避難させられていて、龍童が人よけの結界を張ってこんな話をしていた。鼎の家からはそれなりに距離があるらしいとはセイバーの話である。
「あー……そういや結構派手にやり合いましたからね。様子って見てます、マスター」
「良くて半壊、マシで全壊。個人の見解なら木っ端微塵」
「だ、そうです」
「そっ……かー……」
 いずれにせよ帰れそうに無かった。それ以前に、家にいた人間が生きているのかどうかさえ怪しい。
 もっとも、生きていたところで、というのがケイの心情ではある。
 思い入れが全くないわけでは無い。家族としての、血を分けた肉親である情が全くないわけでも無い。それを差し引いても、この状況で彼らを気遣うほどの情をケイは持ち合わせていない。それは、ケイ本人の身の安全と天秤にかけたとき――軽い、のだ。紛れもなく。
 じい、とランサーが己のマスターである龍童を見ている。セイバーは戸惑うように視線をあちこちにさまよわせていた。そうしている内に、盛大なため息が落ちて、心底頭が痛い、と言ったような表情の龍童が口を開く。
「仮宿でいいなら、うちに来るといい」
「え」
「正気なんです」
 ケイの困惑混じりの声と、正気を疑うランサーの声がほぼ同時に落ちて、正気だ、と龍童が息を吐く。
「いいよ、いい。ついでに殺してくれるならそれでも構わん」
「ころっ……!? 物騒過ぎる、そんなこと」
「『しなくてはいけない』が聖杯戦争だ」
 平坦な声が返る。しなくてはいけない、とはそうだろう。聖杯戦争という儀式はそういう物だ。そういう体で集められた魔術師とサーヴァント。万能の願望機としての聖杯を手に入れるためにはそうするしか無い。道理だ。そんなことは、と言いかけてから、しかしそれこそが道理であると分かったから何も言えなかった。
 マスターである龍童の自滅的な発言にランサーは何も言わない。いまいち困惑するポイントが分からないなと思ってから、セイバーの方を見た。
「――それでも、わたしは貴方を害することはありません。それは、『善いこと』とは言えませんから。貴方がたと戦わなければならないのは事実でしょう。いずれはきっとそうなるのでしょう。その時は、どうか、正々堂々と戦うことこそを、わたしは望みます」
 同意を求めるような目をセイバーに向けられて、そうだね、と頷いた。
 そこに、善意は無い。ただ道理だけがある。セイバーはあの瞬間、巨躯の男――恐らくはアレもサーヴァントだろう――と打ち合うだけの力があり、そこからケイを無事に離脱させるだけの力がある。セイバーにはセイバーの意思があり、セイバーに守られなければきっとケイという人間はあっという間に死んでしまう。
 ならば、セイバーの意向に無理に反するほどの重さが無いのだ。
「随分と甘いすね。殺せるときに殺しとくのがこの手の話の常道でしょうに」
「そうかもしれません。でも、わたしはそうしたくは無いのです。そう言うところが、半人前なのかもしれないのですが」
「そっすね。そういう敵に情報を落としてるあたりも甘い」
「うっ……そ、うですね……反省します……」
 くしゃりとした表情を浮かべてしょんぼりとするセイバーに、ただ疑問だけが横たえていた。

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