Fate/Abendrot – 14

ちょっと短めの狂陣営の話。

忠義の向く先

 主の嫌いなモノは概ね見当がつく。
 優柔不断と節制、それから現状維持といったところだろう。苛烈でありながらカリスマ性を持って人を惹き付ける彼女は、どことなく生前の君主を思い出させていた。
「ふむ……キャスターの申し出、ですか。私としては乗らぬ理由は無いと考えますが」
「はっ、そうね。あんまり悩む理由もないわ。とはいっても、無策に突っ込むのは流石に得策って訳でもない。あんたはその辺どう考えてるわけ?」
 珍しく自らブラウン邸に赴いてきた男は僅かに黙ってから、セイバーだろうな、と口にした。
「キャスターはあくまでマスターのために動いている。殺せと願ったのは事実だが、実際に相対すればルドルフを守るように動くだろう。そういう英霊だ。アレの祈った理想ならば、アレはキャスターを守るように動く。そうなったときに、キャスターの魔術を無力化しながら立ち回れて、かつルドルフの結界を叩き割る自力があるのは、今召喚されている中ならセイバーしかいないだろう」
 嫌そうな表情はそのままに、陰鬱な印象を多く受けてきた男は思うよりもすらすらと対キャスター陣営の見解を述べた。ランサーは相変わらず霊体化している。だいたいいつもそうで、来るときは霊体化したまま、途中で話に交じりたくなったら姿を現すような男だった。
 メアリーはしばらくの間黙り込むと、厄介よね、と吐き捨てた。
「真っ向勝負で有利なのは確かにセイバーでしょうけど、マスターがマスターよね。いっそのこと腕でも切り落として令呪だけ貰っとくべきかしら?」
「流石にセイバーは嫌がりそうですけどね。さんざ暴れた挙げ句、マスターを守るために宝具だって使うのもためらわない類でしょうに」
「そうよねえ。じゃああんたたちが護衛してもらうってことで」
「流れるように押しつけんじゃねえ」
 まあまあな大きさの舌打ちに苦笑する。断りの文句を入れないから押しつけられるのである。このあたりは生前の同僚をどことなく彷彿とさせた。特に、無茶振りをされつつもしっかりと成果をだすあたりがよく似ている。
 姿を現したランサーは、やはり物言いたげな目をバーサーカーへ向けて、小さく息をついていた。このあたりの倫理観、常識といったものはマスターである龍童と近しいらしい。
 バーサーカーとしては特にメアリーの意見に異論は無い。極度に人道に反しているわけでも無し、合理性に欠けているわけでも無し。反対する理由も無かった。実際、バーサーカーは性質上搦め手に弱いのは事実であるし、かといってマスター以外の護衛に向いているかというとそれも怪しい。
 確実に信用できる手駒が限られている以上は、セイバーを主軸にバーサーカーが火力支援、セイバーのマスターをランサー陣営が護衛するのが確実だった。
 ここでアーチャー陣営がこちらへ着いてくれればなお良いのだが、生憎と宛に出来そうな戦力では無い。除外しておくのがいいだろう。
「ふうむ……横から失礼。一つ確認したいのですが、肝心のセイバー殿らは来ていないのですか?」
「まだ寝てるんだよなこれが。昨日は派手にやりあってたし、消耗してるんだろ」
「なるほど。激しく打ち合ったと聞いたものですから、出来れば話を聞いておきたかったものですが、まあ仕方なし、か」
 鼎ケイは元々座敷牢暮らしであったという。それであれば、それなりに激しく打ち合った直後に寝込んでいるのも無理は無いだろう。メアリーもそこに何か引っかかりは覚えることは無く、そうよね、と頷いていた。

*

 召喚されて、はじめに目にしたのは鮮烈な緑色だった。若々しく生命力にあふれた二葉を思わせる美しい緑の目が、狂化を受けた己の身に注がれているのを感じた。
「ご機嫌よう、バーサーカー。あたしはメアリー・ブラウン。貴方のマスターよ」
 一騎当千の英霊を目の前にして、気圧されるどころか、いっそ傲慢とも言えるほどに堂々と女魔術師は名乗った。眼差しは力強く、立ち振る舞いは王の如く堂々とした――それは、生前その背を支え続けた君主にもよく似たものだと思った。
「は。サーヴァント・バーサーカー。真名を夏侯惇元譲。召喚に従い参上いたしました」
 苛烈とも言える激しさを称えながら、それでいて宿す光は冷たいほどに理性的だ。マスターである女の目を見て、声を聞いて、そしてその温情と器を直感する。
「残念だけど、今回は聖杯は諦めてちょうだい。その代わり、あたしが勝利を約束するわ」
 膝を突いて頭を垂れたままに、なるほど、と納得とも確信とも取れる思いが胸中を満たしていく。
 彼女は王だ。改革の意思を持ち、現状を打破し、名も無き民を暴力的とも言える牽引力で導ける、王だ。
 あの日、従兄弟が官軍として出兵するにあたり声をかけられた時の衝撃にもよく似たそれを受け止めて、バーサーカーは笑みを浮かべた。
 ――黄巾討伐?
 ――ああ。これは、好機なのだ。漢の病を切除し、建て直す、好機なのだ、元譲。
 ――病、ですか。
 ――そうだ。故に我らで病は断ち切らねばならぬ。そうでなければ漢に未来は無いのだ。
 故に、と従兄弟であり王であった男は告げる。
 故に、と魔術師の女は朗々と諳んじる。
「あたしに従いなさい。聖杯という景品は生憎無いけれど、そんな物がなくたって、あんたの未練ぐらい叶えられますもの」
 ――私に着いてこい。武官として、本来あるべき漢を――国を、私が見せてやる。
 そんな傲慢不遜な宣言を、その癖に問答無用で信じさせられてしまうような力強く絶対的な言葉を聞いた。
「御意に、我が主よ。この夏候元譲、喜んで貴方様のお力になりましょうぞ。どうぞ存分に、我が力をお使いなされ」

*

 最後にランサー陣営に助太刀して以降はバーサーカーは出撃していない。メアリーは忙しなくブラウン邸のあちこちを歩き回っているが、その間バーサーカーはやることもないので護衛として警戒以上の事はしていなかった。
 こうして穏やかに日々を過ごす方が性に合っている、とバーサーカーは自覚している。元来狂戦士などガラでは無いのだ。王がそのように過信に望まれたからそのように振る舞っているだけ。バーサーカーとはそのような英霊だ。
 メアリーは忙しなく家中を歩き回ったり、あるいは机の上で何かとにらめっこしていることが多い。時たまバーサーカーを連れて外へ出ることもあるが、ほとんどは机上で何かを推論している。
「そういえばコレは世間話なのだけれど、あんた叶えたい願いとかは無いわけ?」
「願い、ですか。ふうむ……全くないと言えば流石に嘘になりますが、聖杯と呼ばれる物に縋るほどの願いは持ち合わせてはおりませぬ」
「へえ、意外だわ。てっきり曹操の延命とか、失態を無かったことにしたいとか、色々あるものだと思ってたもの」
 メアリーはバーサーカーへ目を向けること無くそんなことを言った。
 メアリー・ブラウンという女は現代において一般的な魔術師である、とバーサーカーは認識する。このやりとりは二度目だ。最初は召喚されて間もない頃に聞かれた。願いは無いのか、というシンプルな問いに、そのような物は無い、と答えた。
 実際、願いらしい願いは無い。無念も後悔は腐るほどあった。所詮は一介の武人に過ぎない身なのだ、そのようなものであれば腐るほど。
 されど、聖杯という奇跡に縋るほどの願いは、多分無い。あるとすれば、例えば、とバーサーカーは理性を残した目で笑みを浮かべた。
「今度こそ――我が主の往く道を、最後まで供したく」
「あんた、確か死んだのって曹操より後でしょう?」
「ははは、確かにそうなのですが、そうですなぁ……私はただの将です故、主の野望が真の意味で遂げられることこそを願うのです。確かに私は我が王よりも後に死にはしましたが、それだけです」
 ふうん、とメアリーは面白そうに相づちを打った。知らない価値観だわ、と微笑むと、それもやっぱり諦めて貰わないと駄目そうね、と。あまりにも酷い言い草に思わず苦笑した。
 何という理不尽、何という傍若無人さ。普通はそんなことわざわざ口にする必要が無いだろうに。バーサーカーは新たな主の破天荒さを気に入っていた。
 故に、と問い返す。
「何故マスターは聖杯の解体などと言う面倒ごとを引き受けたのです? それこそ余計な責務、寄り道そのものとも言えますが」
 ずっと気になっていたことを聞いた。メアリーは顔を上げると、言ってなかったかしら、と頬を掻いた。伝えたつもりになっていたらしい。
 理由は全く想像がつかないわけではないのだが、一度きちんと聞いておきたい、という軽い動機での質問だった。
 メアリーはそうね、と頷くと、別に大した理由でも無いわよ、と前置きした。
「随分前に、聖杯を足がかりに第三魔法を完成させ、そこから根源に至ろうと画策した魔術師がいたらしいのよね。結局失敗して――あまつさえ、本来根源に至るための道具を目的と取り違える、なんて大失態まで犯して、聖杯は使い物にならなくなった」
 聖杯戦争の興りの話。淡々と語る彼女の表情はあまり読めない。ただ、声に侮蔑の色が乗っていた。理解できない、とでも言うような声だった。
「けれどその聖杯が使い物にならなくなってる、なんてつゆほども知らないとある素人さんたちが聖杯を魔術師から奪って、自滅した」
 それが確か第二次世界大戦の時だったかしら、とうろ覚えの記憶を引っ張り出すようにメアリーは続ける。そこへの興味は全くないらしい。その上で全ての流れを語るのは、何とも潔癖症の彼女らしいと思った。
「それが巡りに巡ってこの土地に押しつけられた、ってわけ。冬木ほどの土地ではないにせよここもそれなりの霊地ですし。けどね、あたしはあたしのテリトリーを死んでも汚されたくないのよ。そうなるくらいだったら面倒ごとの一つや二つ、屁でもありませんもの」
 だいたい、とメアリーの声が徐々に怒りの色を帯びていく。アプローチは悪くないけれど、目的と手段を取り違えるなんて間抜けにもほどがあるだとか、それで汚染聖杯を作り上げては世話無いわだとか、とにかく今までの聖杯戦争を作り上げた魔術師をけちょんけちょんに罵っていた。
 子供じみた行いではあるが、言っていることは正論である。それはそうですな、と同意を返しつつ苦笑した。どこまでも利己的な理由らしい。それは、とバーサーカーは目を細める。とても健全なことだ、と思った。
 下手な大義名分を盾にするより、他者のためと偽るよりも余程。
「この辺が本音ね。建前としては後始末が面倒とかそのあたりかしら。教会も愚かじゃ無いから、一定の隠蔽工作の手は借りられるけれど、あんまり教会も時計塔も好きじゃ無いのよね」
「なるほど。左様でしたか」
「そういえば隠蔽工作で思い出したんだけれど、前の公安の件は宛に出来なくなったわね。チッ、面倒くさい」
 ああ、と午前中の話を思い出す。龍童が突然訪れて、とっととキャスター陣営を始末するぞ、などと言い出したのが本日の午前。そこからメアリーは下準備を、龍童はキャスターのマスターであるルドルフをおびき出すための準備を行っているはずだ。決行日は決めてはいないのだが、とりあえず準備ができ次第、という雑っぷりである。
 一応、早くて明後日くらいだろうとは龍童の言だ。
 霊器盤が既に公安の手にある可能性がある、と龍童は言った。キャスターが言うところの『痣』は恐らく令呪のことであり、他人に譲渡できる令呪があれば、それは歴代の聖杯戦争で使用されなかった『あまりもの』に他ならない、と。
 比較的正確にサーヴァントとマスターにあたりをつけられている事に関しては、当初は公安故の情報網揺らいだと思っていたのだが、実際の所は霊器盤も絡んでいてもおかしくないだろう――そこまでランサーのマスターは踏み込んでいた。
 バーサーカーから見れば、だから霊器盤まで公安の手にあると考えるのは早計では無いかと思ったのだが、どうにも彼が妙に硬く確信しているようだったのであえて何も言わなかった。メアリーもまた、やはり何も言わなかったので、疑問点は放置されたままである。
 考えられるとすれば、龍童と公安の領袖である人間が知人関係にあることに由来する確信か、バーサーカーが知りうる情報以外に何か確信に足る情報があるかといったところだろう。
 やることがないので思考は止めどなく流れ続けている。それに安堵を覚えながら、やはり準備を進めている己のマスターへ目を向けた。
 まあ、何だって良いのである。バーサーカーからすれば、キャスターの思惑も公安とやらの思惑も、龍童の抱える願いも、ケイの事情も、全て。
 最終的に己の主の望む結末に帰結すればどうだってよいのだ。

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