色の無い記憶/燼
VSキャスター戦小休止の話。ここから話をあちこちで爆発させたいですが、問題は私が捌ききれるかどうか。なんとかなりたいです。
与太話ではありますが、このキャスターはFGOの「ナーサリー・ライム」はもちろん、EXTRAの「ナーサリー・ライム/アリス」とも別の「ナーサリー・ライム」として描いています。大人が見た理想の子供の夢、逃避の象徴、ゆがんだ未来そのものとして現れたIF、という設定。
ケイと見回りに出て、公園で少女に激突された。はじめは前方不注意なだけの子供だと思ったが、接触した瞬間に、それは違う、と気がついた。
「マスター!」
大声を出してケイを呼んだが、彼は困ったようないつもの笑顔を浮かべるばかりで変化は無い。そうしている内に、コンクリートであるはずの地面がたわんで己の身体が沈んでいく。
あの少女こそがまだ接触していない最後のサーヴァントであり、そして自分はキャスターの術中にはまったのだ、と分かったときには遅かった。
そうして沈んだ先は、薄暗い病院だった。電気はつけられておらず、すすり泣く声と、痛みに堪えるようなくぐもった音が響いている。夜の割に中は明るい。外は昼なのだろうか、とセイバーは私服から鎧へ霊基を調整しながらあたりを見回した。
「お姉さん、だあれ?」
振り返れば、白い髪の少女がいた。声には覇気が無い。子供のような純真さも、ない。
「すみません、レディ。私は人を捜さなければならなくて――」
「きのうしんじゃった■■のお姉さん? それとも、きょうばらばらになっちゃった子のお姉さん?」
ケイを捜さなければならないと振り切ろうとして、できなかった。想定も出来なかった少女の言葉に、何も言うことは出来なかった。
ただ何か言葉をかけなければと口が開いて、音を成すこと無く息だけが漏れた。
「ちがうの?」
遠く、轟音が聞こえた。思わず音の方へ目を向ける。すすけた戸が目に入った。少女の様子は変わらない。とっくにこんな音には慣れてしまっているのだ。
「……だいじょうぶ? とってもかおいろがわるいわ」
「あ……いえ、大丈夫、です。ごめんなさい」
はて、と少女は首をかしげた。点滴台を引きながら、少女は少し考えてから、あっち、と指さした。
「さがしものなら、あっちがいいわ」
「そうなのですか?」
彼女はゆっくりと歩き出すと、セイバーの手を取って、廊下の突き当たりの部屋まで誘導する。痩せこけた手の皮に言葉が詰まって、それからようやく、この少女がセイバーがこの空間に落ちる直前にぶつかってきた少女とうり二つであることに気がついた。
こっちよ、と大人ぶった声で顔を上げる。重たそうな両開きの扉を少女が押した。とても子供の力では開きそうに無い扉だというのに、ぎいぎいと音を立ててゆっくりと扉が開いていく。
その様を、ただ呆然と眺めていた。明けさせてはならないという直感だけが脳内でけたたましく鳴り響いている。だというのに身体は動かなかった。
キャスターの手管のせいだろう。そんなことはわかりきっている。だからセイバーが絶句したのは別の所のせいだ。
悲鳴が聞こえる。泣き叫ぶ声が聞こえる。赤い赤い炎が一面に広がっている。逃げ惑う兵士に子供、狂ったように刃を振りかざす人間。
あぁ、と乾いた声が落ちた。先導していた少女がセイバーの横を通り抜けて、ひとつも変わらないうつろな笑みを――そういえば、駅で出会ったあの男とよく似た笑みだ――浮かべている。
「そらはあかくて、うるさくて。おとなもこどももないていて。あたしは、そういうこどものともだちだったわ。しあわせだったの。しあわせだったわ。でもね」
どろりと少女の姿が溶ける。痩せこけた少女はゴシック・ロリータを身に纏い、それからさらに溶けて、少年兵のような格好で炎に囲まれた。
「危ない……!」
それを、咄嗟に引き戻そうと手を伸ばす。掴んだ手は細く、少女は驚いた顔をして、それから困ったようにはにかんだ。
「こまったひと。あたしは、てきなのに。にくむべきあいてでしょう? ……すてきなおひめさま、どうしてあたしをたすけるのかしら」
「何故、と言われても」
炎から少女を引き剥がして、セイバーはあまりにも不釣り合いな軍装に身を包んだ少女をまっすぐと見据えた。
ああ、これは悪夢だ。
痛くて恐ろしくて、寂しい記憶だ。
セイバーは――その記憶を知っている。実感は無い。そうなる、ということだけを知っている。未だ道半ばの姿で呼ばれたこの身は、彼女の苦しみを理解することはかなわない。
「救えるのならば、救うべきです。何をしたわけでもない無辜の誰かであるのならば、なおのこと」
そう、とキャスターは頷いた。おんなじことをいうのね、と呆れた声だった。
「おじさまもおんなじこといったわ。あなたも、やっぱり、みちなかばでたおれてしまうのかしら? まっかなじめんに、あついあついとなきわめくひと。たすけてっててをのばされたって、たすけられやしなくって」
普遍的な正義と善性だ。弱き者は強い者が助けるべきだ、という良くある話で、それ以上でもそれ以下でも無い。
遠くに人影が見えた。赤々とした風景に浮かび上がる人影は、慟哭とも悲鳴とも判断がつかない声を上げて打ちひしがれていた。とっくに全身血だらけで、顔は焼けただれ、腕からは骨が見えている。己の傷などどうでも良いとでも言うように頭をかきむしり、ただ泣いていた。
「でもね、『きしさま』」
彼は、ここで折れたのだ。
されど、とセイバーはまっすぐにキャスターを見据える。
「この地獄を作り上げたのは、他でもない貴方たちよ」
色の無い声だ、と思った。当たり前の善を信じ、普遍的な正義を求めて戦った。その末にたどり着いた景色がここだというのならば、なんと報われないことだろう、と思う。
「ええ、その通りです、キャスター」
この身は未だ途上の身。道半ばの姫の姿。なれど、たどり着く先は英雄であると決まっている。ならば、この景色を産み出すのはお前だと突きつけられるのも、当然分かっていた。
「いずれこの光景を生み出すのが己であったとしても。私はきっと道を変えないでしょう。変えることは出来ないのです。たった一人の挫折ごときで、道を変えることは許されないのですから」
あるいは。
この精神性こそがただの人間と英雄の違いなのだろうか。
*
キャスターの攻撃が止み、男が制止した。その間にアーチャーとセイバーがシルバーリングとケイの元に戻ってくる。
「そう……そうね。ふふっ、やさしいひと。でも、とってもざんこくなひと! そうね、そうきかれならこたえなくっちゃ」
ねえ、とキャスターがマスターである男へ目を向けた。一瞬だけ感情を溶かしだしたかのように虚無の目を向けて、それから苦悶の表情を浮かべる。
棍は力なく地面と擦れ、息苦しそうに肩で息をしている。
「それを――それを、私に聞くか、小僧」
抵抗するように口元が震えている。口を閉じきってしまおうとしているのだろうが、何かしらに阻害されているかのように無理矢理に口元を動かせられている。
ケイを見る。青い魔力がぱちぱちと跳ねていた。穏やかな少年は、普段の姿からは想像がつかないほどに凜とした表情で、いっそのこと無機質だとさえ思えるほどに、まっすぐに男の方を見据えていた。
アーチャーが腰を落としている。何かあればすぐに矢を放つつもりなのだろう。シルバーリングは興味深そうに一歩引いた。邪魔はしない、ということだろうか。
セイバーは、ただケイの横に立っていた。彼が何を思ってその問いを投げかけたのかは分からなかったが、その問いの答えを聞かねばならない、という確信だけはあった。
炎の記憶。色の失せた、苦悶の記憶。
かつて平穏を愛して求めて、手段として正義を選び――そしてその手で愛したモノを壊したことを突きつけられた人間。
「そんな――もの――意味など無い……意味などあるものか……!」
わなわなと手を震わせ、膝を突き、頭をかきむしる。チャンスだと言わんばかりにアーチャーが動いたが、シルバーリングに止められていた。
「そうだ、そうだ! 平穏を愛した、平和こそを求めた! 当たり前の光景がどこにでもあれば良いと願った、その始末がこの結末だ! はは、はははは、ははははははは! 馬鹿みたいだ、愚かにもほどがある!」
アーチャーが眉をひそめて舌打ちを鳴らした。キャスターがその横をゆうゆうと歩いて通り過ぎて、いいのよ、と優しい顔をしてしゃがむ。
「正義とはなんだ、平穏とは何だ!? 私が、わたしが、おれが求めていたものは、ああ、あああ、おれが壊した、おれが――!」
「っ、キャスターのマスター……」
かこん、と天秤の揺れる音を聞く。
知っている。知っていた。セイバーは恐らくこの場に居る誰よりも、その慟哭の意味を理解できた。
「あわれんでくれるのね、きしさま。そうね、そうだわ。あなたはきっとただしいひとよ。でもね」
キャスターが男の頭に手を添える。泣き叫ぶ子供をあやすように、ゆっくりと撫でている。
「それじゃあ、あたしたちはすくわれないの。いたくてくるしいイマじゃいきてなんていられないもの。ユメのなかににげなくちゃ。みんなでにげるのよ。そうすればさみしくだってないんだわ……」
じゃあね、とキャスターと男の姿が消える。炎は嘘のように消え失せて、後に残るはケイたちだけだった。
痛いほどの静けさが戻って、セイバーがゆっくりとケイの前に出る。ちょうどアーチャーの射線を遮る位置だ。
「何でだろう」
「なぜかしら、ね?」
人が問い、妖精が尋ねる。ケイはしばしぼんやりとした後、やはり不思議そうに首を捻っていた。
その仕草に安心して、セイバーはやっと肩の力が抜けた心地がした。あの瞬間のケイは、成長したと呼ぶにはあまりにも不自然で、凜としたと形容するには無機質に思えたからだ。だから、変わらぬ様子に安堵した。
「キャスター陣営は見事に姿を眩ませた……って感じか。ここはこっちの戦術負けとするべきか……微妙なとこだな。あれはあれで酷い取り乱し用だが、令呪一角と釣り合うかは今後次第ってね」
「判定、微妙なんだ。てっきり負けだって言うと思った。令呪まで使って、キャスターは……その、殺せなかったし?」
ケイの言葉に意外そうにアーチャーが目を瞬かせた。次いで、へえ、と揶揄うように口角が上がる。
「私はどちらかと言えばシルバーリングを責めない方が意外でした。きっと、『令呪を使うときは相談しろっていいましたよねぇ!?』と言うものかと。実際先ほどはそのようなことを言っていましたから」
「まあ、うふふ、確かにそうね。どういう風の吹き回しなのかしら、アーチャー」
「急に仲良くなるじゃねえの。深い意味はないですよ、マジで。つかんなところでたむろってる場合でも無いでしょうに。お開きだお開き。そもそもオレたちは同盟関係でもねえってのに」
やれやれとアーチャーが首を振る。周囲には見知った風景が鎮座していた。秋の終わり、冬の初めの乾いた冷たい空気が流れている。まだ平日の昼間である住宅街には人気が薄い。あれほど迫っていた炎はおろか、焦げた跡でさえ見当たらなかった。
まるで全てが悪い夢だったかのよう。
いずれ至る結末だった。いずれは負わなければならない結末だった。その道に迷いは無い。今だって意思は揺らがない。同情はするが、それ以上は無かった。
「はぁー、疲れた。じゃあお開きって言われたし、帰ろっか」
「えっ、は、はい! 帰りましょう、マスター。念のため怪我もしっかり確認しなければなりませんし」
切り替えはえー、とアーチャーのぼやきが耳に入ったが、そっと聞かなかったことにした。言っていることには心の底から同意はしたが。
シルバーリングはいささか残念そうだったが、疲れているのは彼女も同じらしい。僅かに引き留めるように手が動いたが、そのままゆっくりと定位置に戻された。
「あ、そうだ」
分かれる直前、思い出したようにケイが振り返る。アーチャーの姿は無い。とっくに霊体化したらしかった。
「助けてくれてありがとう、シルバーリング。あとアーチャー」
なんの気負いも無く、裏も無く贈られた言葉だった。それを呆けたように銀環の君は受け止めて、それから照れくさそうに眉尻を下げて笑みを浮かべた。どういたしまして、と。ただの人間と変わらない顔で礼を受けていた。
*
人影がそれぞれ別方向に歩き出したことを確認して、龍童は小さく息を吐いた。内心でとぐろを巻く醜い感情に重しを着けて深く深く沈める。手慣れた感情の殺し方だった。
「ひっでぇ顔すね」
「……今更だろ」
「そうすか? 少なくともここ数日はもっとマシな顔してたと思いますけど」
ランサーが霊体化を解いて、龍童と同じ方向へ目を向けた。気持ちは分からなくも無いですけどね、と独り言のような言葉を拾う。
嘘をつけ、と思う反面、本心なのだろう、とも思った。
時折夢に見る。自分のものではない記憶だ。死んだように流され、生きたと自覚できるほど鮮烈な時間に身を任せ、そして再び死んだように流された。最後に見たのはだだっ広いだけの平穏な青い空。
つまるところ、自分たちが望んだのはあの男が望んだものとは真逆の事なのだ。死ぬべき時に死にたいと願うのはそういうこと。
(いや、流石に曲解しすぎだな。そうじゃなくて……そんな単純な欲求なんかじゃ無くて)
生きて死にたい。
「マスター、とっとと帰らないとケイさんたちにバレますよ」
「あー、それもそうか。バレても良いっちゃ良いが、面倒だしなぁ」
特にセイバーの方への弁明が。付け加えなくても分かったらしいランサーがおかしそうに喉を鳴らす。
意外とそのように感情を露出させるのだな、と不意にそんなことを思った。寒風が吹いてはいたが、そこまで風は強くない。炎の跡は見る影も無く、代わりに傾いた日の光が影を長く伸ばしている。自分たちの影も木陰と入り交じって判断がつかなかった。
本当に、意外と何とも思わないものだ、と思った。ルドルフの慟哭を聞いても、あの歪んだ少女像に縋っている姿を見ても、呆れるほどに冷静だった。失望は抱いたが、それぐらい。
「世界平和でも望んでたんすかね、あのマスターは」
世間話のテンションでぶち込む話では無いだろうと思いつつ、さあ、と適当に相づちを打った。
「存外的外れでも無いかもな。アレはアレで育ちが良かったし。一般家庭の出だって聞いてるから、なんつーか……色々と間が悪かったんだろうよ」
「はあ。間が悪いだけでああなります?」
「知るか。そもそも最後にあったのも何年も前の話だぞ。詳しい話を知ってるわけないだろが」
最後に会ったときのことでさえうろ覚えだ。長い年月を生きたところで記憶の容量はそこまで大きくは無いらしく、ぼんやりとした断片しか思い出せない。
難儀なヤツだな、ということは分かる。経済無き道徳も、暴力無き正義もただの机上の空論であると――だから、暴力を選択できるような強さがあった。それを知りながらも理想を追い求めるような脆さもあった。
その末が『ああ』だったとしても、果たして憧れるだろうか。彼もまた、今を生きる人類で、何者かに影響を及ぼしながら命が尽きる日まで走り続けている。
「まあ、何があったかとかは俺は全然知らねえすけど。報われないもんですよ、ああいうのは」
らしくもない小さな声に、そうか、とだけ返した。こういう反応は珍しい。笑ったり皮肉ったりすることはそれなりにあるが、こういう、やるせなさを堪えるような反応はあまり見せなかった。
無念さ、とでも言うべきだろうか。よく知っている。自分も、おそらくはランサーも。だからこそルドルフのあの慟哭も冷静に受け止められたのかもしれなかった。
「そういや、あの時にキャスターがマジで殺られそうだったら、どうしたんです? 聖杯の器はもう余裕無いでしょ」
「どうだかなぁ。あの流れで割って入ってもこっちがタコ殴りにされて終わるだろうし、放置だろな。もともとあと二騎分は余裕があるわけで、あふれる寸前ってだけであふれはしないし」
「雑すね」
「……それに、俺が割って入ったところで」
ランサーの黒い目が己に向けられている。要らぬ事を口走ったな、と目を逸らした。
どうあがいたってきっと結果は変わらない。キャスターは逃走し、アーチャーとセイバーは生存する。天秤を傾けたあの少年を思い出して、分かっていたことだろう、と嘲るように息を吐いた。
そうしている内に自宅の前まで着いて、ランサーが霊体化した。家の中に人の気配はない。鍵を開けて中に入る。戸を閉めて鍵を閉めた。ケイにも鍵は持たせているから、帰ってくれば勝手に鍵を開けて戻ってくるだろう。
酷い自傷行為だった。こんなにも傷ついて息苦しくなるなんて、とうの昔に知っていたはずだった。何度も同じ轍を踏んでいる。全くもって学習していないものだ。
それはおそらくはあの男も同じ事で、自分と彼で何が違うのだろう、と思うことも昔はあった。今はそういう運命なのだから、で飲み込んでいる。
布団に倒れ込んで息をついた。特に何をしたわけでもないくせに、心身共に疲労を激しく訴えている。いつもであればランサーが揶揄ってきそうなものだが、今日はそれもなかった。
頭が痛い。体中が軋んでいる。確実に一歩前へ進み出した少年を見て、憎しみに近い感情を抱いた己に吐き気がする。このような苦しみは他の人間が背負うべきでは無いと思いながら、同じ苦しみを知っていればいいくせに、という自分勝手なわがままが揺らめいている。
万が一の時は介入するつもりだったのかと聞かれた時、目眩がしたような心地がした。
(そりゃそうだ。こんな運命、他の誰にだって分かるわけ無い)
介入しただろうか、と考えた己も馬鹿馬鹿しいと思った。この後に及んで、今更?
小さく身体を丸めて目を閉じる。日は沈んでいた。今日はアーチャーもセイバーもキャスターも消耗しているだろうから、恐らく夜に何か動くということはないだろう。強いて言えばメアリーの動向が気にかかったが、彼女は彼女で聖杯解体の段取りに忙しいはずだった。
現実逃避をするように眠る。意識が落ちるその寸前に、ふと、脳裏に過去の断片がよぎって――
それさえも、今更なのだと蓋をした。

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