白雪の影を踏む

死人に口なしって、ほんとうに?


 珍しくも無い話だ、というのが尚の感想だった。翔が死亡することなんて陽炎が死亡することと変わりは無いし、別にそういう話は時折耳にすることも変わりは無い。データ上の数値は、もちろん厳密には違うのだろうけれど。
 誰も彼もが平等に死んで、理不尽に選ばれたものだけが蘇生する。あるいは蘇生と形容するのもおぞましい別のものになったり、さっぱり新しいものとして誕生したりもした。
 いずれも、同じことだ。
「白い髪の子? ああ、見かけたことならあるけど。負傷以外で翔から葉脈に異動する子って珍しいからさ、まあ噂にはなるよ」
 そんな話を聞いて、飲み込んだ。
 サイハテ本部の所有する場所は何もコロニー上層だけでは無く、下層の一部には一般市民と葉脈の研究者が合同で栽培している実験的な農地というものがある。発展途上の畜産や、あるいはよりよい生活を目指して試行錯誤される建築など、そういった事例は枚挙にいとまが無い。
 尚は、件の人物と一応は面識があった。面識があっただけだ。尚という人工生命体は、オリジナルの頃から決まって組まされるメンバーというのがいなかった。どちらかと言えば逃走・伝達を主な役割としていたからだろう。
 組んだことはあったかもしれない。あまり、覚えてはいなかった。大方、製造直後だったのだろう。その頃は尚も色々あって余裕が無くて、各所の記憶がしっちゃかめっちゃかで混在している。後でメモリーの整理をしなければ、と思いながらも出来ていない。
 コンクリートの上に茶色い粒が交じり始め、次第に尚の靴を汚していった。その先に、穏やかそうな顔で果樹の手入れをしているとおぼしき少女の姿が見えた。
 柔らかな陽光が、木々の葉をすり抜けて白い髪を濡らしている。彼女の動きに合わせて揺れる髪はふわふわとしていてどうにも暢気そうに見えた。憂いの薄い、穏やかな顔だと思って、息を吐いた。
 多分、己が話しかければ曇ってしまうことだろう。仕事とはいえ、やーね、と尚は袖をまくって目を伏せた。
 エメ、という少女を知っている。製造者がたいそうかわいがっていた人工生命体の少女で、翔に所属していた。尚も同じ所属であったから、おおよそは把握している。見たこともあったし、軽く話したこともあった。
「こんにちは、エメさん」
「あ、こんにちは」
 小さく会釈をして、エメは剪定道具を置いてこちらへ歩み寄った。背丈は女性型にしてはそれなりにあり、ふわふわと髪に空気を含ませている。
 その仕草があまりに過去を彷彿とさせて、尚は思わず目を瞬かせた。はて、確か彼女は、と記憶をたぐりかけて、やめる。
 今は、関係ない。
「作業中にごめんなさいね。依頼サーバーにあったサンプルの採集が出来ましたから、その報告に来ました」
 袖をまくり、露出した腕部の収納を開いてサンプルを見せる。ごろりと入った地上の葉や果実などのサンプルと、袋にまとめられた少量の土が入っている。果樹園の土壌改良などに使うのだろう。翔である尚は依頼されたモノを探して回収するだけだ。
「あ――ありがとうございます。この場で受け取っちゃいますね。手続きは、戻ったらしますので」
 エメは目を瞬かせて、一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから収納からサンプルを受け取ってそういった。
「ええ、了解」
 そこで言葉を句切る。尚はエメと深い関わりが合ったわけでは無いが、それにしたって似ているものだ、と思う。

 ――まあ噂にはなるよ。コアの取り違え、なんてさ。誰も責められないし、多分完全に防ぐことだって不可能だ。僕ら外野がどうこう言えた話でもないし、閉口するしか無いけど。
 ――ああ、でも、その大元の子とほとんどおんなじだってのは、一応……噂だから、何とも言えないけどさ。僕は、その大元の子を知らないし。

 淡々と、そんな話をしていたことを取り出して、かみつぶした。
 人工生命体、という歪で素敵な存在は、どうあがいたって骸の延長線だ。骸が骸を取り違えて騒ぐなど馬鹿馬鹿しいとさえ思う。そうはいかない心があることは理解しているが、それにしたって、と思えてしまう。
 同じにはなり得ない、と思っている。何せ、尚がそうだったものだから、余計に。
 骸の延長で作られた己は、骸の望みを否定してしまった。この心は紛れもなく作られた心で、オリジナルの延長には無いのだと知っていた。
 死んで消えたものは元には戻らない。割れた卵が元に戻らないのと同じ理屈。
 とはいえ、それを知った上で骸を真似る尚も同じようなものか、と微笑んだ。
「――ここ、貴方が手入れをしているの?」
 この依頼は、厳密にはエメが出した依頼では無い。この『エメ』という人工生命体は境遇がかなり複雑で、気を回す類のものもいるだろう。まっとうな心を持てば持つほど、恐らく彼女の境遇というものは同情を覚えるはずだ。
 それを知った上で、尚はエメの元を尋ねていた。興味があって、知りたかったのだ。
「はい。今は、単位面積あたりの収穫率を向上させられないか研究をしているんです。果物なんかは、比較的手軽に手にできる嗜好品ですから」
「なるほどね、わたしも果物は結構好きよ。甘いものって財布に響くから、助かるのよね」
「ふふ……はい、そうですよね。もっと手軽にって思っても、難しいですから」
 果樹園に差し込む日光は、枝葉に遮られて所々影を落としている。土の上には斑模様ができあがっていた。暗くて湿った土と、明るく光を乱反射させる砂粒のコントラストが目に痛い。
 昼を過ぎて傾いた光源は人影を伸ばしていく。いつかの過去の影法師のようにうり二つなそれと、尚は笑顔のまま言葉を交わした。
 言葉を選んで重ねていく。他愛のない言葉を、一音一音を意思を持って連ねていく。この言葉が誰のものかと言えば、多分己のものでは亡い。尚は、他の誰よりも『尚』の言葉が万人に好かれないことを承知していた。それでも縁を求めたのは己の寂しい心故か、あるいは未練か、それとも単なる郷愁か、まあ、どうでもいいことだ。
 真白の髪が黄金色に染まっている。伸びた影は果樹園の影に紛れて判別がつかない。西日のまぶしさにエメをしっかりと視認することさえままならいな、と思った。
「ねえ、もしよろしければ、またご依頼くださいな」
 借り物の言葉で、借り物の笑顔でそうかたる。

 ――友達になるには共感が必要なんじゃ無いのかしら。
 ――まさかとは思うが、アンタ、マジで友達作るつもりであの言葉吐いたのか?

 語って騙ってその末になれるだろうか、と空想して口を閉ざす。それじゃあまた、という実に軽い言葉だけが夕方の景色に溶け込んで消えていった。

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