サブタイトル:サイハテ武器クッキング部
ちょっと良いものが手に入った、と匠はちょっとだけご機嫌だった。
その日は珍しく休日で、前日に徹夜もしていないし、徹夜のしすぎで眠れない、なんてこともない、実に平々凡々な一日であった。これが「珍しく」などという修飾がついてしまうあたり葉脈の多忙さというかブラックぶりというか、その当たりが漏れ出ている気がするが、当人は幸か不幸か気がつけないものである。
せっかくだからさっさと使ってしまおう、と紙製のパッケージをいつも抱えている鞄(鞄と形容するよりは箱と言った方が良いようなものだが)に仕舞うと、キッチンを借りようと自室を出た。
廊下に出て、目的地に向かうべく早足で廊下を歩く。と、ふとふよふよと浮いた帽子が目に入って、おや、と足を止めた。
「ジルだ。訓練帰り?」
「匠さん、お疲れ様です! いや、今日は非番っすよ。昨日までちょっと物資回収任務に出てたんすけど」
「なるほど、お疲れ様」
ふよりと浮いたゴーグルと帽子、中が透けて見えるマウンテンパーカー、それから一本だけ足りない指。ヒューマンとはやや違う容姿でありながら、ヒューマンと何一つ変わらないもの。非力なものの代わりに血を流す、『陽炎』に所属する気の良い陽気な青年が匠の認識するジルという人物だった。
本日非番なのは彼も同じだったらしい。どこか行くんすか、と尋ねられて、そうだね、と頷く。
「ちょっと甘いものを作りに行こうかと」
「甘いもの! いいっす――待ってください、匠さんが作るんすか」
「え? そうだけど……」
はっとしたような声音で確認されて、不思議に思って肯定した後、一拍遅れて意図に気がついて慌てて否定する。流石にこれは否定しておかないと匠の名誉に関わるだろう。言うほど関わるかと言えば若干微妙ではあるが。
「僕、別にいつもあんなの生み出してるわけじゃ無いからね!?」
「そうなんすか!?」
「そうです! 第一印象が最悪すぎる……!」
「はっ、でも確かに、サクラさんとタレンさんがそんなことを言っていたような……」
コレばかりは匠が悪い。そもそも寝不足の状態で厨房に立つのをやめた方が良いとは常々己でも思ってはいるのだが、思っていることと実行できることとは別である。最悪だ。ほぼほぼ初対面で物体エックスなるものを錬成すれば、それは料理スキルに対して不信感を抱かれてもやむなしである。
サクラとタレンには後できちんと礼を言っておかなければならない。尚あたりにも常々「貴方は寝不足になると妙なところでネジが十本くらい抜けるんだからほどほどにしなさいよ」などと言われているが、本当にそう。レポートやら報告書やら論文やらの締め切りにさえ追われていなかったら匠もちゃんと寝ている。
できないからこうなっているのだとかそういうことは言ってはいけない。
「そういや匠さんって、確か物資開発部でしたよね?」
「へっ? ああ、うん、そうだね」
思考が若干トリップしていたが、ジルの声で引き戻された。
そわそわとした空気感がなんとも微笑ましい。
自分はいつだって守られる側で、彼はいつだって守る側だ。それぐらいは承知しているが、こういう何でも無い日は、何というか、彼らもまた普通なのだな、と実感する。
「物資開発部って、フライパンとか作れるっすかね」
「フライパン」
「フライパンとか鍋とかです!」
フライパンと鍋。要は調理器具か、と首をかしげて、まあ一応は、と頷く。
しかし何故。陽炎がフライパンと鍋を求める理由が何一つ思い当たらず、ついつい首をかしげてしまえば、ジルがそっと武器を取り出して、料理に挑戦しようと思って、と元気の良い回答が返ってきた。
「いやー、この間焼きマシュマロなるものを教えてもらったんすよ」
「ああ、美味しいよね」
「そうなんすよ! で、せっかくだから任務中にも食べたいじゃないですか」
確かに激しい運動を要求される彼ら陽炎が栄養補給をするのであれば、基本的に高カロリー食であることが望ましい。まして、最も死に近しい前衛とも来れば、心の均衡を保つためにも好物が手軽に摂取できる方が望ましいだろう。
しかし何故武器を取り出す。
ジルの武器というと、確か光刃を変形させるタイプの変形武器だったはずだ。敵性体との距離にかかわらず柔軟に戦闘を行うことを可能にする武器で、武器開発部の努力の結晶とも言える武器である。あと単純に変形武器ってロマンがある、と匠は思っている。口にはそうそう出す機会が無いので黙っているが。
「こいつで焼きマシュマロしたらこわしちゃって……」
「こわしちゃったんだ……」
「光刃出るところにこびりついちゃったんすよ……」
「そっかあ」
まず武器でマシュマロを焼くな。このサイハテ内で砂糖をそれなりに使用するマシュマロは一種の高級品と等しい。武器で焼くな。それは消し炭もやむなしである。
恐らく実行したのは口ぶりから察するに地上での任務中だろうが、何故やったのか。武器で。武器でマシュマロを焼くという絵が全く想像できず首を捻っていれば、うっきうきの声音でたたみかけられた。
「だったら専用の道具を使えばいいんじゃないっすかねって思ったんすよ! どうっすかね!」
そもそも火は使わなかったのかとか、なんでよりによって光刃武器で焼こうと思ったのか、フライパンと鍋で焼きマシュマロは無理じゃ無いかなとか、あとサクラ大変そうだなとか、いろいろな突っ込みはあるにはあったのだが。
「……そうだね!」
と全てを飲み込んで相づちを打った。
*
中央区画の外れ、屋外。天気は人工のものだが快晴と絶好のピクニック日和である。
「第一回!」
「サイハテ・武器・クッキング部開催です」
「ごめんネルヴァ顔面に『祝!』って浮かべないでもらっていいかな」
「おや、めでたいかと思っていたのですが」
「めでたいか……?」
何故かいるタレンとネルヴァがすごく乗り気なのは何故なのか。あとそんな部活は嫌だ。武器クッキング部って何。
さも自分は常識人ですという顔をしている匠だったがコイツも大概で、大体普通の人間は物体エックスなるものも錬成しないが、悲しいことに指摘する人間がいないので気がつかないのである。空しい。
「ところで……そのフライパンはどちらで購入されたものでしょうか。ここにはそれなりに出入りするのですが、中々見ないので」
ああ、と頷いた。匠は柄を握って運んできたフライパンを持ち上げてみせると、作ったんだよ、と返した。
ジルの光刃武器は単純に刃を出すだけであれば周囲に熱は振りまかない。光刃と言う形でエネルギーが留まっている以上、発散されているエネルギーは光エネルギーくらいのもので、外部からの働きかけ、いわゆる光刃生成を妨げる障害が発生しない限りは熱エネルギーはあまり生成されない。
あの光刃武器で調理をしようと思ったら、フライパン側に多少の工夫が必要だ。ジルの話を聞く限り、光刃の強度の調整は多少は効くらしいので、今回は光刃の上にフライパンを置いた際に、フライパンの鉄が耐えきれることに重きを置いた。
「まあ必要ないとは思ったんだけど、一応ね。普通のフライパンはこっち」
「その鞄、工具類を仕舞っているわけではないのですね」
「いろいろ入ってるよ。たまたま手に入ったホットケーキミックスとか」
「なるほど、それでフライパン」
普通のフライパンで済めば良いが、済まなかった場合がちょっと怖い。ので予備用のフライパンを作って持ってきたのだ。
そのおかげで今回の謎集会は日を置いての開催になった。ジルにはちょっと申し訳なかったが、当人は「必要ならぜんぜん大丈夫っす!」と言っていたので、大変に有り難い限りである。
何故かいるタレンとネルヴァはその間に話が伝わったのだろう。匠は話した記憶は無いので、伝達経路としては、ジルからネルヴァ、ネルヴァからタレン、といったところか。人数は増えて困る者でもないし、言ってしまえばただのおやつなので、賑やかになる分にはいいだろう。
大体厨房を出禁になりかねないのは自分だし。そこまで考えて匠は思考を打ち切りにした。寝不足の己の話ほど空しい話も無い。
「ではお茶っ葉を持ってきて正解でした。合わせて一緒に飲みましょうか」
「マジっすか! やったー!」
「おお、用意周到。流石だね」
「ホットケーキのパッチの取得が完了しました。タレンさん、そちらの茶葉についてお伺いしたく」
ホットケーキのパッチって何だろう。
タレンは慣れたように茶葉の紹介をしている。淹れ方と風味、味など簡単に伝えていた。
「味覚感覚を再現したパッチらしいっすよ。食べ物を食べたときの脳の動きを再現した……とか……言ってたような……」
「ああ、ソフトウェアからのアプローチか。時代だねえ」
ネルヴァのような機械系の人工生命体には味蕾が無い。そもそも物を食す必要性が無いのだから当然だ。けれど、必要と欲求は別の話である。元がヒューマンなどの骸から生まれる彼らは、はじめから「そういうもの」としての自我がある場合と、そうで無い場合がある。尚あたりはヒューマンとしての在り方が強い。長くサイハテですごす内にヒューマンとしての感覚を求めるようになってもおかしくは無いだろう。
そのためのパッチだ。修正ファイルを意味する言葉をあてがうのはある種の皮肉か、単に語感が良いからか。どうでもいいことだ。
「さってと、始めますか」
「うっす!」
「ジルさん、武器は仕舞いましょうね」
「ウッス……」
タレンのにこやかな笑みにしょんぼりとしながら光刃を仕舞う様が何とも微笑ましい。
そう、このために屋外に来たのである。流石にサイハテ本部内の共用キッチンで武器を並べてクッキングは色々とまずい。葉脈のパーティ(※婉曲な表現)に耐えうる共用キッチンといえど、陽炎の武器が起動する前提で作られているわけではないのだ。当たり前である。
匠は鞄からボウルと生卵、牛乳を取り出す。今朝ちゃんと冷蔵庫から取り出したばかりの物だ。ちゃんと計量済みである。
「ホットケーキミックスですか」
「そうそう、この間テレビ修理したお礼にね」
「なるほど。いえ、今回も創作料理を作られるのかと思っていたもので」
「ああ、それも良いんだけどね。ホットケーキミックスだとクッキーとかケーキとかかな」
「睡眠不足であれば例のブツが拝めるかと」
「作りたくて作ってるわけでは無いんだよな」
まるで物体エックスを期待しているかのような発言はやめていただきたい。ああいや、と牛乳と卵をボウルに入れながら匠は息を吐いた。
そういえばしれっとこの間の物体エックスもといホワイトマターの簡易データとっていたっけこの人。リオもしれっと食べていたし、なんていうか、物好きなのかもしれない。匠だったら自分で作り上げていなければ多分食べていない。
「あっ、匠さん、それ俺やりたいっす!」
「混ぜるの? いいよ。粉っぽく無くなるまで混ぜてね」
「うっす!」
牛乳と卵を混ぜきったあたりでホットケーキミックスを投入。鞄からはさみを取り出し、ビニール袋を切って、中の粉を全投入する。
「混ざりきりますかね」
「ちょっとダマが残るぐらいがいいんだ。そうするとふっくら仕上がる」
「そうなんすか? 料理面白いっすね!」
ジルがボウルを片手で抱え、泡立て器を回そうとする。と、ぐらりとボウルが傾くや否や、素早くネルヴァがボウルを支えた。
「支えますね」
「すんません……」
そういえば僕も確かに最初の方はテーブルの上に置いて混ぜていたっけ、と思い出す。彼らは正しく陽炎であり、超人じみた身体能力はあるにはあるが、こういったスキルはまた別らしかった。
がっしょがっしょとさらに泡立て器を三回ほど回した後にジルの手がピタリと止まる。はて、とタレンと匠が首をかしげた後、ジルはこちらへ向き直って、大真面目に口を開いた。
「めちゃくちゃ早くかき混ぜたら早く仕上がるっすかね」
「粉が舞い散るからやめて」
「ウッス」
「っふふ……」
タレンが耐えきれずに小さく笑っている。あまり料理をやらない人間の発言だ、と苦笑を浮かべながらボウルをのぞき込んだ。まだ数度しかかき混ぜていないから、中途半端に粉と液が混在している。
「かき混ぜるのは二十回ぐらいで良いよ。かるーく、粉っぽさがなくなるぐらい」
「粉っぽさがなくなるぐらい……ダマは残すんすよね?」
「そうだね」
「ダマは残って……粉っぽくは、ない……?」
心なしかゴーグルの上底がハの時になっているように見える。なんていうか、あれ。親の料理を手伝いたい子供のような無邪気さが見えた気がして、なんとなく笑みを浮かべた。
かしょかしょと気の抜けた音が空き地に揺れている。突き抜けるような青空は作り物で、この辺りの土も草木も全て地上から落ちてきた物。かつての人間は本物の空の下でこういうことをしていたのだろう。
匠にはあまり想像がつかない。生まれたときからこうだったし、偽物と本物の空で何か違いがあるとも思えなかった。
ただ一つ付け加えるのならば、こうして酷くくだらない時間を過ごした誰かがいない世界というのは、きっと酷く退屈で悲しい物なのでは無いかなとは思う。
(――あれ)
そう、誰かがいないということは酷く寂しくて悲しくて空しいのだ。それが己に近しい人であればあるほど、己が心を砕いた誰かであればあるほど。それを、そのことを、匠はよく、よく、よく、知って――
(しってる? おれが? なんで?)
ぐるりと色彩が失せた気がして、ついで、ぷつりと思考が途切れた。
(まあいっか)
不自然な思考の切れ方に一つも疑問を呈さずに息を吸う。なんとなく気分が悪くなってしまった気がして、軽く息を吸って、吐く。それだけで幾ばくか気は楽になった。
「匠さん、これぐらいっすか?」
「あ、それぐらい。それじゃあボウルはいったん置いて……」
「それであれば私が持ちます。タレンさんは今お茶の準備をしてくださっていますので」
「ありがとうネルヴァ。よし、それじゃあお待ちかねの……」
「スイッチオン! っす!」
がしょん、と恐らくわざと音を立ててジルが武器の柄を伸ばし、光刃を展開する。やっぱりちょっとかっこいい。ちょっとじゃなくてかなり。
展開した武器は安全のため空き地に転がっていたドラム缶にくくりつけ、動かないように固定する。うっかり手が滑って刃傷沙汰はしゃれにならない。
今回は光刃をコンロ代わりに使うので、平面面積が稼げるハルバードだ。出力は気持ち調整が出来るらしく、青い刃の色彩は淡い。
「ここにフライパンを乗せます」
「おお……普通のコンロっぽいっすね……」
「武器なんだよなあ」
そこにノリノリで便乗してしまっているので匠も人のことを言えた口では無い。
「ジルさん、こちらの部分は使ってもよろしいでしょうか」
「匠さん、大丈夫っすか?」
「フライパン一個置くだけだから大丈夫だよ」
質問のリレーにちょっと吹きかけながらも答えると、それでは、とタレンがやかんを置いた。
「お湯を沸かそうと思いまして。フライパンがいけるならやかんも平気かなと」
「俺の武器、想像以上に万能……!」
「やっば、サクラに怒られそー……」
「あまりにも今更ではないでしょうか」
まとめて後で説教されるかあ。そんなことを思いながらフライパンに手をかざす。じんわりと手の甲に熱が伝わって、十分にフライパンが加熱されていることが確認できた。かといってフライパンが真っ赤になっているとかそういうわけではないので、出力を絞れば普通のフライパンでどうにか出来そうである。
そういえば光刃って物理的に物を置けるのだな、ととんでもなく今更なことを思いつつ、ネルヴァからボウルを受け取った。そわそわとしている武器の持ち主に目をやって、ふむ、と頷く。
「ジル、やる?」
「やるっす!」
実に元気の良い返事で良いことである。
「ちょっと高いところから生地をおとし……待って、高い高い高い。もっと低くて大丈夫」
「高いっていってたじゃ無いっすかあ……」
「料理の『高い』はちょっとフライパンから離してって意味なんだよ。これぐらい」
生地を落とすのに背伸びをする必要は絶対に無い。しょぼしょぼと匠が示した位置から生地を落とす様が、いやもう先ほどからなんとなく子供らしくて、なんとも微笑ましい。
――ああ、どこか見覚えがあるなあ、なんて。
身に覚えの無い郷愁に蓋をする。
「ぷくぷくしてきたっすね」
「ひっくり返し時ですね」
「だねえ」
持ってきておいたフライ返しを取り出し、これは僕がやるねと一度ジルからフライパンを預かる。別にジルにやってもらっても良いのだが、先ほどの様子を見ていると、うっかり生地を地面に落下させかねない。
なんならどこかで見た鍋返しにトライして落下させそうであった。
「よいせ……っと」
「おおー!」
「きれいなきつね色になりますね」
「ここから二分間弱火で焼いてできあがり。ジル、武器の出力って……」
「流石に無理です……」
「おっけ、じゃあこうしよう」
断熱材を余計に仕込んだフライパンをひっくり返してハルバードの上にのせ、手製のフライパンの底の上に既製品のフライパンをのっける。はて、と言う顔をした(正確には帽子が首をかしげたように傾いた)ジルに、これはね、と口を開く。
「こいつはハルバードの火力が強すぎたように用意したんだけど、側面に断熱材を仕込んでいないのと、断熱材はあくまで鉄の層でサンドイッチしているから、こうすれば熱が弱めに伝わるかなと」
じわじわと鉄と生地の境で油があわを作っては爆ぜていく。端末のタイマー機能で二分間をはかりながらホットケーキが焼き上がるのを待った。
ほんのりと小麦の焼ける香りが漂ったあたりで、しゅうしゅうと煙を吹く音が耳に入った。おっと、とタレンが立ち上がってやかんを回収する。
「ちょっと沸かし過ぎちゃいましたね。完全に沸騰してしまいました」
「まあこれ一袋で三枚焼けるし、ちょっと置いておいてもいいんじゃないかな」
「そうですね。やはり、可能ならば、お茶もご飯も美味しく戴きたいですから」
「そう……だねえ」
「おや……なにか心当たりがおありで」
「ノーコメントで……はは」
揶揄うような言葉に目をそらせば、ふふ、と楽しそうな声が跳ねて、消えた。
変な感じ。初めてなのに、ずっと前から知っているよう。けれど、きっとこんな感覚も気のせいだ。
ぴぴぴぴ、という気の抜けた音にフライ返しを握って、フライパンと生地の間にするりと差し込む。新品のフライパンだからか、焼き上がったホットケーキはあっさりと鉄の表面から離れていった。
「皿はこちらに」
「さんきゅ、っと。よいせ」
ぽすり、と紙皿の上にホットケーキがのっかる。きつね色の表面に、側面はほんのりと黄色い。まだ焼きたてのため、ほわほわと良い香りと共に湯気を立たせている様が何とも美味しそうだ。
「おお……本当にホットケーキっすよ……!」
「これは……おいしそうですね。こう、可能ならば蜂蜜をかけたいところではありますが」
「残念ながら今日は用意できなかったのでバターで勘弁いただきたく……」
「バターのみのホットケーキのパッチですね。取得しました」
細かいパッチもあるものだな、とネルヴァの顔をまじまじと見ていれば、ああ、と思い出したような声に目を瞬かせた。
「そういえば匠さんに一つ確認事項があったことを思い出しました」
「僕に?」
はて、と首をかしげる。物資開発部と陽炎のつながりは無いわけでは無いが、悲しいかな匠は現在あまり開発に関わってはおらず、どちらかと言えば所属ラボを中心に手伝いばかりしている。
だからネルヴァが匠に確認をとるという行為がいまいちピンと来なくて首をかしげるに至った。
「この間の物体エックスと味がまずい方向に飛び抜けた物体エックスの味覚パッチができあがったのでその配布許可を戴きたく」
「待って」
「確認せずに作成してしまい申し訳ないのですが……」
「ごめん、そこじゃない」
圧倒的にそこではない。権利や許諾の話は心底どうでも良い。なんだ物体エックスのパッチって。要らないだろうそんなもの。何に使うんだ。罰か。ヒューマン相手にはたまに使ってはいたがついに機械系人工生命体にも導入されるのか。
「な、何に使うの」
「懲罰用って言ってたっすよ」
「後はこの手のゲテモ……珍味を感じてみたい、という一部の需要がありまして」
「ゲテモノって八割言っちゃってるんだよな。いや別に良いけど……」
「許可は出されるんですね」
「おわ、タレン」
「ふふ」
お茶ができあがりましたよ、と穏やかな声。次は俺が焼きます、とジルが言うのでフライ返しを渡す。ひっくり返すときは一気にねと伝えて、それから息をゆっくりと吸い、吐いて、頭を抱えた。
「いえ、この間、『妙なパッチを作らないように葉脈職員に周知しろ』といった内容の通知が回ってきたので、そのことなのかな、と」
「そんな通知来てたっけ……」
「来ていますよ、確か一昨日辺りかと」
ポケットから端末を取り出し、画面を点灯させる。本部からの周知メッセージを確認していくと、確かに一昨日の昼頃にそんな通知が到着していた。
そのときはちょうど届いた物品を各種ラボに運び込んでいたので、端末はポケットに入れっぱなしで見る暇が無かったんだよなあ、と思い出す。次からはちゃんと見るようにしなければならない。
「ネルヴァさんは試されたんですか?」
「ホワイトマターの方は試しました。本当に味は普通なのですね」
「やばい方は試してないんだ」
「そちらは別の方が試されていました。勢いよく倒れた後のたうち回っていましたので、まあやばいのだろうなとは」
「うわ……」
「正真正銘のゲテモノパッチですか……」
うん、と頷く。
「ジル、二枚目どう?」
「ばっちりっす!」
「思考放棄しましたね」
「思考放棄していますね」
ネルヴァとタレンの指摘が耳に痛すぎて泣けてくるが知ったことでは無い。大体作ったのは匠ではないし。いや大元を作ったのは匠だが、その手のゲテモノ好きが作ると言ったのであればそのうち匠の物体エックス以外のデータからでも作っただろう。遅かれ早かれパッチは作成されていたに違いあるまい。
二枚目のホットケーキを皿にのせて、三枚目を焼き始める。
昼下がり、快晴、皿の上にはきつね色の小さなお日さまがぽつりと乗っかっている。道でもいい話に花を咲かせる、特に飾り気の無い休日の昼下がりだな、とふとそんなことを思って、なぜだか酷く胃の奥がずくりと重たくなった気がした。
多分、気のせいだろう。
*
人間、正論には逆らえないものである。ジルと匠は正座を決めていた。ちょっと後ろでにこにこと微笑むタレンと『お疲れ様です』というフリップを掲げるネルヴァがちょっと憎い。何にせよ匠とジルの自業自得であることに変わりは無いのだけれども。
「お二人とも、武器でなにをしていらっしゃったんですか?」
「えっと……」
「な・に・を、していらっしゃったんですか?」
「野外料理訓練」
隣で匠がいけしゃあしゃあとそんなことを吐いたものだから、それだ、とジルも全力で乗っかるべく口を開く。
「そうっす! 野外料理訓練!」
「とってつけたような言い訳じゃ無いですかあ! ジルさん、マシュマロで武器こわしてから反省してないですね!?」
「うっ」
「マシュマロ武器損壊ってマジなんだ」
「大マジです! 武器の先端なんかベトベトねちょねちょしてて清掃から修理まで大変だったんですからね! っていうか武器は武器です! 料理なんて衛生的にも良くないですよ!」
すさまじい正論である。ごめんなさいとしか言いようがない。でもタレンも武器でお湯沸かしていたような、と思ったが、この辺りは下手に突っ込むとやぶ蛇だろうし黙っておこう、と匠は口をつぐんだ。こればかりはサクラが正論であり正義だ。逆らいようも無い。
何故こんな状況になっているかというと、あの後パンケーキを匠とジルとタレンと、それから味覚パッチを適用させたネルヴァで食べていたところ、たまたま近くに買い物に来ていたらしいサクラが発見したからである。
ドラム缶にくくりつけられていたハルバードが駄目だったらしい。それはそう。
「もう! もう! 修理費だって自腹なんですから、その武器だってジルさんを守るための物なのに!」
「ハイ……」
「匠さんも匠さんです! なんで乗っかっちゃうんですかあ! 葉脈なら止めてください!」
「ハイ……」
「ふふ……」
サクラの後ろでタレンがじわじわと笑っているのが何とも腑に落ちない。しかしながらサクラの言はもっともで、何一つ反論は出来なかった。当たり前である。
「しかし、あれはいいですね。火が出せない場所でも調理が出来ますから」
「ネルヴァさん……?」
「いえ、武器調理を肯定するわけでは無く、熱源確保の観点から見たときの感想です」
サクラの疑うような声に補足するようにネルヴァが口にした。
ジルが首をかしげて、タレンはちょっと考え込む。サクラもネルヴァの意図をくみ取ろうと少し首をかしげて、熱源、と呟いた。
「ああ、煙か」
「はい。聖者は視覚情報を頼りますから、迂闊に火は使えないのです。目玉型に発見されるとかなりまずいことになりますので」
危険度は低いが、翔と同様聖者にも索敵を目的とする個体が確認されている。それが目玉型の聖者で、目玉型は視覚情報を頼りにする。
確かに煙を発生させてしまう火は迂闊にはつかえないだろう。そういった意味で、ジルのハルバードを使用したクッキング、もとい光刃を利用した熱源確保はある種合理的な選択だった。
「あ、そっか、確かにそうですね……うーん、そしたらこれも合理的……なんでしょうか……」
「武器である必要があるかどうかは疑問が残りますが」
それはそう。
「はは、それなら専用の道具を作れば良いだけだしねえ。そもそも調理器具に殺傷能力があるのも考え物だし」
「分かっててやったんですね?」
「アッ……いや、はい……ごめんなさい……」
「まったく、もう。次は無いですからね」
ふう、とサクラが言って、それから大きめの息が吐かれた。どうやら一区切りついたらしく、お説教は終わりのようだ。次からはちゃんとまともな器具で料理しないとなあ、とぼんやり考えた。
「まあでも、ちょっと楽しかったけど」
「そうですね。次は普通にピクニックとかいかがですか?」
「わ、私も行きたいです! 武器は使用禁止ですからね!」
「ウッス、もうやらないです!」
「事前に作る料理を教えておいてもらえると助かります。パッチを作成できますので」
正座を解いて立ち上がる。なんだかんだ楽しかったし、好きな人間は誘えば来るだろう。それはそれで楽しいことのように思えた。
未来の約束というものは良い物だ。自分を顧みないものが己を顧みるきっかけになる。だから、そう。
「じゃあ、近々もう一回やろうか。人数があるなら鍋とかで」
そんな、無責任でありきたりな約束を提案した。


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