継ぎ接ぎグラデーション

貴方に祈るは過去の記憶、
君に祈るは未来の闘争、とかそんなこと言ってみたりして。


 中央区画内の商店街の一部は治安が悪い。サイハテ内は総じて治安状態は保たれているが、そこに人が住んで社会を形成すれば、当然多少の差が出来てしまうのも必然と言えた。
 特に、とそうっと目を伏せながら息を吐いた。自分のような人工生命体というものへの考え方の差、というものはどうあがいたって制御しようが無い。教育での均一化でさえ限界があるのだ。どうしようも無いだろう。そういう悲しい納得と諦めは持っていた。ずっと前から。だってそういう風に作られたのだから。
 どんなに心が悲鳴を上げようが、矛盾に吐き出しそうになりながら葛藤しようが、現実だけは変わらない。一種の残酷さと同時に、ある種の救いでもあるだろうか。
 ――目がおかしいよ、あのひと。
 ――あれじゃないのか、人工生命体とかいう……
 反芻しかかった声を振り払うように軽く頭を振った。思うことも、感じる心も、そこにただのヒューマンと何の違いがあるというのだろう。
 所詮は考えたところで仕方のない話ではある。サトルは口元を覆うビニールを剥がすように大きく息を吸って、はいた。人工のものとは言え、外を模したこの区画はそれなりに居心地が良い。
 居心地が良い、ということは、並ぶ店の商品の値段もかわいくないと言うことではある。治安が悪い云々の話はそれだ。裏路地の小さな売店は、ちょっとアレな思想を持っていたりご職業だったりするものの、安く良いものが手に入るし、なんならめったにお目にかかれないレアな部品だって手に入るときがある。
「……あれ」
 ふと視界によぎった大きな緑色に目を瞬かせた。純粋なヒト族にしてはそこそこ背丈がある、どこか見覚えのある人間。
 それが向かう方向と、一瞬の過去の嘲笑が脳裏によぎって、サトルは咄嗟に声をかけた。避けられるトラブルは避けるべきだ。特に彼は、自分と同じ葉脈の職員で、そんなことに時間をとられるくらいならばもっと生産的なことをした方が余程良い。
「匠さん、そっちはやめた方がいいスよ」
「え? あ、サトルだ。奇遇だなあ、買い物?」
「まあ、そんなところっすかね」
 拍子抜けするほどの穏やかな声音でそんなことを聞かれたので、そうだ、とあいまいに返す。一応サトルも休日だったが、純粋な買い物に来たわけでは無かったからだ。
「つか、そっちはちょっと治安がアレなんで、行かない方がいいっすよ。自分も……さっき、ふっかけられかけたんで」
 がやがやと賑やかな声がサトルの声を踏みつけては通り過ぎていく。匠は一瞬だけ不思議そうに目を瞬かせると、大丈夫だよ、とたまに聞くのんびりとした声で言った。
「僕、あそこの店主と顔見知りだから。サトルも行く? 当たり外れはあるけど、結構いいのがあるよ」
「……顔見知り、スか」
「そう。口が胴体に、目が手のひらについた、がんこじじい」
 この辺にね、と手のひらと腹を示しながら匠がからからと楽しそうに笑う。そこに侮蔑の意思はなくて、かといってからかいの意図もなかった。そこにあるのは、単に顔見知りの面白い店主を紹介してやろうというお節介だけだ。
 匠――白上匠という人間と、サトルはさほど親しくは無い。配属された年数は近しいが、匠は比較的早くに機械工学から食品研究などに転向しており、接点があまりなかったのだ。それでも面識があったのは、彼が部門を問わずにひょこりと顔を出しがちだからである。
 ヒューマンの葉脈職員にしては体力がある方で、こうして見ても背丈はあるし体格も良い。力もそれなりだ。だから、よく任務直後の事後処理に顔を見せている。
 ――と、ごく稀に匠の所属している研究室から聞こえる『物体エックス』なる噂で耳にしているが、サトルは「尾ひれ背びれがついてるんスかね」と思っている。
「そう、スね」
 その、フラットな――本当にフラットすぎる、当たり前の言葉に、ふと小さな薄桃色の少女を思い出しながら頷いた。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「うん、じゃあ行こうか」
 そんな言葉を吐いて、匠は裏路地へと進んでいった。その背を追いかけていけば、ほこりっぽい、なんとなく暗い世界の入り口かのような狭い路地が続いていた。
 小さな道があちこちに点在していて迷いそうだ。いざとなれば区画のデータベースを引っこ抜いてきて照合すれば良いだけの話だが、とサトルは匠の横を歩きながらそれとなく視線を周囲へ向ける。
 好奇心と敵意、怖れ、恐れ、畏れ――決して『良い』とは言えないような感情が渦巻いている。
「こっちの路地を曲がって、あ、登れる?」
「登るんスか? ……どこを?」
「ここを」
「ここ、ってどう見ても配管じゃないスか」
 はは、と楽しげに笑いながら匠は配管に手をかけて、軽く力を入れて足を配管の上にのせた。ほら、と差し伸べられる手と配管を交互に見てから、大丈夫っす、と返して配管に手をかける。
 そうして匠のすぐ後ろについて登ろうとして、ぱさぱさと目の前にちらつく毛束に息を吐いた。
「匠さん、この真上に登ればいいんスよね」
「うん、そうだね」
「自分が先登ってもいいっすか? その、毛束が目に入りそうで」
「……大変申し訳ない。すっかり忘れてた」
「や、連れてってもらってる立場なんでそこは気にしないで欲しいっす」
 ふっさふさの長い三つ編みは匠のトレードマークだったが、今回のシチュエーションだとどうしても顔にかかる。三つ編みにしてなお腰に届く長さの髪の長さだ。配管を登ろうとすれば、当然後方の人間の顔面のちょっと上をふわふわと揺れた。
 すとん、と手を離してあっさりと着地して、どうぞ、とサトルに登るように匠が促した。その一瞬、緑色の穏やかな目が警戒するように周囲に向けられて、ああ、と妙に納得した。
 周囲にいる人間が必ずしも善意を振りまくものばかりでは無いことをちゃんと知っている人間の仕草だった。悪意をぶちまけられたことも、敵意を向けられたことも、あるいは悪意とさえ認識していないような醜いものを見たことがある人間の仕草であった。
 自分もよく知っている、と配管に手を伸ばしながらサトルは上方を見上げた。
 憎たらしいほど青い人工の空が広がっている。暗い路地には不釣り合いなほどに透き通った美しい空で、皮肉なほどに絵になるな、とだけ思った。
 登り切った上、屋根上は思うよりも涼しく、すっきりとした空気が流れていた。ふと眼下へ目を向ければ、ごま粒とまでは行かないまでも、随分と小さくなったヒトが行き交っているのが見える。
 一拍遅れて匠も登り切って、こっちこっち、と縁とは別の方向を指さした。屋根の上といえど平坦では無く、傾斜がついている家屋も少なくないが、この建物は平ぺったい形をしていた。旧文明のビルのようだ。
「よっ、じいさん。今日も閑古鳥が鳴いてるな」
「うるっさいわ痴呆小僧が」
「ちほっ……痴呆って」
「なんだ、今日は連れもいるのか。ケッ、シッシッ、帰れ帰れ。ここはてめえみたいなガキが来る所じゃあ無い」
 心底態度の悪い店主だったが、それ以上にその姿に驚いてしまった。匠の言葉は本当に一切の偽りない言葉であったが、いささか言葉が足りなかったと言えよう。
「ああ? なんだ、おめえさん、お仲間じゃないか。なァんだ、それならそうとはやく言いやがれ、緑の」
 頭は無く、腹部にでかでかとした口。人工の歯が嫌に白っぽくて、所々かけているのがアンバランスだ。広げられた両手の中央には目玉がある。ガラスのように透き通った青色だ。ぎょろりとサトルと匠を目視すると、キチチ、と奇妙な音を立てて両手の目が細められた。
「僕が何か言う前にまくし立てたぼけじじいが良く言う。それで、今日は何か入ってる? 個人的には、そうだなあ、旧文明の遺品とかあると嬉しいんだけど」
「ンなもんあるか! せいぜいスクラップが関の山よ。おら、見てけ見てけ」
「やった、今回も豊作だったらしいね、じじい」
 気安げに言葉を交わして、乱雑に金属類が放り込まれた段ボール箱を物色しながら匠が手際よくパーツを取り出していく。それをのぞき込んで、金属類は匠がとっていくだろうから、と隣の木材やらプラスチックやらが詰められたボール箱の中身に触れてみた。
 旧文明の遺産は無い、といっていたが、見慣れないものも多い。いくつかのパーツを拾い上げてまじまじと観察すれば、よくなじんだ刻印が目に入って息をのんだ。
 サイハテ本部のかけたマーク。どこか見覚えのある英数字の羅列。
 プラスチックだろうが木材だろうが金属だろうが関係ない。これは、己は――そういうものだ、と知識で知っていた。
「壊れたはらからよ」
「……は」
「なァに、安心しな。とっくに処分品だ。俺もな」
 なんてことの無いように言って、その店主はしわがれた声を出しながらけらけらと愉快そうに笑った。なに、なに、別に悪いことだけじゃアない。そんな愉快そうな声が箱の上で飛び跳ねている。
 咄嗟にここへ案内した匠へと目を向けたが、彼は彼で鼻歌を口ずさみながら金属類を物色している。絶妙に音を外しているあたり、歌はさほど得意では無いのだろう。
「あ、こっち見る? 僕もそっち見ようかな」
「そう……すね。自分もそっちの箱興味があるんで、チェンジってことで」
「はいよ」
 よいせ、と立ち上がって、忘れない内にと匠がポケットから銀塊を取り出して店主へ投げた。眼球のある手でそれを受け取って、毎度、と店主がポケットにしまう。
「じじいの希望だ、遠慮無くもらってきなよ。その末がガラクタだろうと新たな命だろうと武器だろうと、じじいは気にしないよ」
 ふわふわと三つ編みが揺れた。しゃがんだ拍子に空気を含んで重力に逆らったように浮いている。
「そうさ! 俺たちゃア出来損ないだが、なあ! おめえさんみてェのがいるなら本望よ」
「はーあ、出たよじいさんの持論。ニンゲンには理解できないな」
「ハッ、そういう考えこそ、人工生命体じゃア、俺あ理解出来ねえな」
 交わされる言葉の割に空気は酷く軽い。軽口のような、冗談のような、そういう空気だった。
 鉄の表面に汗が伝う。僅かな鉄の臭いが花をくすぐった。手の表面は油汚れか錆かで汚れて黒くなっていた。
 サトルは、
 ――サトルは、両方の気持ちがなんとなく理解できた。だってサトルはどっちつかずだから。
「お、これいいやつだ」
「なんだァ、んなもん何に使う」
「……爆弾、とか?」
「自分らの仕事じゃ無いっすよそれ。武器開発部にでも回すんすか?」
「ええ、でもほら、ロマンがさ……ない?」
「……」
「……あるなァ」
「確かにそうかもしれないっすねー……」
「なは! そうだろ!」
 プラスチック爆弾、などとご機嫌に鼻歌を歌うのはやめていただきたい。流石に規則違反でしょっ引かれるのは簡便だ。そんなことをされては自分の存在意義が薄れかねない。
 そんな執着じみた願いを知って知らずか、匠はけらけらと楽しそうに笑うと、冗談、といくつかのパーツをビニールに放り込む。サトルはいいの、と最後まで聞かれて、じゃあ自分も、とめぼしいパーツをさらってビニールに詰め、ポケットに入れっぱなしの銀塊を手に取った。
「要らん、要らん」
「え」
「兄ちゃんからは要らん」
「いやいやいやいや、そんなわけにはいかないっすよ。ほらコレとかコレとか、めっちゃいいやつじゃないスか!」
 電子回路だったもの、恐らく電池機構を備えたもの、そういったものはたとえ壊れていようと使い道がある貴重品だ。そんなものをただでもらうわけには、と銀塊を取り出したが、店主は硬く両手を閉じてしまう。受け取る気はないらしい。
「あーあ。だめだねこりゃ。大人しくうけとっときなよ。代金は次来たときに押しつければいいさ」
「え、ええー……? 一応商売なんすよね?」
「そうさ。だから良客にはサービスするのが鉄板だろ」
 げらげらと下品な笑い声を上げたその男をもう一度直視した。
 ヒトとはあまりに乖離した姿見。既に廃棄された作り物の命と、その亡骸を売り払う老人。
 悲しい話ではあるのだろう。空しい話ではあるのだろう。痛みがそこにあるのだろう。されど、サトルはどうにもそこに必要以上の悲しみを見いだせなかった。
 どちらもわかりえてしまう。
 どっちつかずだから、だから、どちらも。
「ああ、兄ちゃん」
 ちょうど配管に足をかけようとしたときにそんなしわがれた声が耳に入って振り返った。
「イカした目だな。手製か」
 ぱっくりと開いた腹部から除くかけた白い歯と、両手の平からぎょろりと視線を向ける青いガラス玉を一瞥して、そうすね、と口を開く。
「……そうでしょ。次来たときにでも話しますよ」
 そんな酔狂だけを置いてけぼりにして、開けた屋根上から配管伝いに暗い路地へ降りていった。
 後に残るは寂寥だけ。
 ともあれ、こんな箱庭での出会いなどそんなものだろうか。

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