天命など知らぬとて

曹操ルート4章宛城脱出戦、真エンド分岐の話。
言わずもがな曹操真エンド分岐バレを含みます。

あいも変わらずモブ護衛兵くん視点。
随行武将は郭嘉殿。宛城脱出戦を書いてますが典韋殿はほぼ出ません。まあ門の前でふんばってるからね……

真エンド、恐らくノーマルクリア前提っぽいので、はたから見たら何か鬼神めいた強さの武将が先読みしてるとしか思えない速度で敵を薙ぎ倒しているように見えるのでは……とかそういう妄想から産まれました。


 鬼神と呼ぶには必死過ぎて、死に急ぐと形容するにはその武はあまりに不釣り合いだった。
「一秒が惜しい」
 紫鸞と呼ばれる無官の将はそう言った。何を当然のことを、とは言えなかった。暁天の瞳には固い決意の光が見えている。
 何を当然のことを、とは誰も言わなかった。気迫に飲み込まれたのかもしれない。あるいは、同じ決意を持っていたのかもしれない。いずれにせよ、ただの一兵士である己には知らぬことだった。
 行け、と怒号にも似た号令が夏侯惇から発せられる。暗い。周囲を照らすのは、辛うじて顔を認識させる程度の松明の明かりぐらいだ。
 手綱を引く。足でまたがった馬の腹を蹴飛ばす。馬がいなないて、速度を上げた。行け、行け――隊長が、がむしゃらに東の砦へ突っ込んでいく。道中の将など目にも入れないと言った様子だった。随行している郭嘉もそれに追随している。
 東の砦に着くやいなや、隊長が武器を振りかざして砦の守備の中核を担っているであろう敵将に迷わず切り込んでいった。
 咄嗟に槍を握り、ただ声を上げながら振るった。隊長の気迫に背を押されたかのように、護衛兵の士気も高かった。隊長の背を守るように郭嘉が鮮やかに剣を振るっている。軍師だというのに、武芸にも明るいのか、と尻目に見て思った。
 不意に、ぱっと敵兵の顔を認識した。酷い顔だ、と思った。恐怖に歪んでいる。目は見開かれている。首からは赤い液体が噴き出している。己のついた槍が、首を確かに貫いていた。
「怯むな!」
 怒号。視界の端には炎が見える。
 有事の際は東の砦に。されど、城の東は燃えている。火矢だった。敵兵が、曹操の撤退路を潰そうと放ったものだった。多分、あの怒号は味方の悲鳴にも似た声をかき消すためのものだったのだろう。闇雲に武器を振り回す味方の内には、恐怖や動揺の表情を浮かべている者も少なくなかった。
 砦の敵兵に武器を振りかざす。降ろす。血が飛んだ。それを繰り返す。気がつけば、総時間をおかずに砦には味方兵士しかいなくなっていた。
 暗い。味方の顔さえおぼつかない。火矢が止んだのだ、と後から気がついた。
「こうなった以上、東側から合流するのは危険だね。敵の動きを見るに、曹操殿はまだ無事と見た。が……っと、早い早い」
 指笛の音を拾って、慌てて馬を呼ぶ。隊長は砦を落とすや否や、とっとと外へ駆けだしていたらしい。郭嘉は置いていかれ駆けたにもかかわらず、どこか楽しげに馬を走らせていた。
(焦っている)
 敵増援、と伝令の兵が悲鳴にも似た声で走っている。宛城正面から押し寄せる敵は夏侯惇を筆頭に打ち払っているが、横腹や背後を突かれては元も子もない。駆けつけるにも、正面の敵を相手取っている以上動けない。
(焦っている……?)
 動きが速い。馬の腹を蹴飛ばしている。加速して、加速して、駆けつけた増援を一息に切り倒していく。
 走って、切って、走る。戦況はめまぐるしく動いている。ついて行くので手一杯だった。周りなど見えるはずもない。ただ、わあわあと敵味方の兵士から上がる音だけが、遠く耳朶を打っているように見えた。視界は狭い。暗くて見えない。ただ、隊長の鮮やかな帯だけが標のように揺れている。
 味方拠点をすり抜け、背後を突かんとする増援を打ち倒す。声を張り上げ、敵将を一息に切り倒す様はさながらさの呂布が如く。息が切れて、目がくらみそうだった。水から上げられた魚のように口を開いて空気を求めている。
「敵の増援は潰した。背後を狙う者も打ち倒した。曹操殿の活路は――」
「西だ」
「ああ。西の拠点を落として、城壁に梯子をかける。兵の動きを見るに……って、早いな。流石だね」
 何が流石なのか。郭嘉の言葉を最後まで聞くこともせず、ただ無心で走っているように見えた。駆けてくる敵兵を馬で轢いて直進している。
(焦って……いや)
 早かった。速かった。あらゆる動きが速い。迷いもない。暁天の瞳はただ決意を湛えて、まっすぐに、何かを成そうとしている。
 駆けてきた騎馬兵に向けて矢を射る。落馬したのを確認して、乗れ、と声を上げた。どれほどの声量になったかは分からなかったが、護衛兵仲間の内、何人かは乗っているのが見えた。馬の腹を締め上げる。いなないて、速度を上げる。隊長の鮮やかな帯が遠い。それを見失わぬよう、身をかがめ、とにかく追いつこうと馬を走らせた。
「川を渡った方が速いよ」
「分かった」
 橋の方へ回ろうとした隊長へ向けて、郭嘉がそういえば、とにかく速さを重視しているらしい隊長は迷いなく馬から飛び降りた。
 ざぷん、と水しぶきを上げて川へ落ちたのを見て、追いかけようと馬から下りようとする。
「ああ、君たちは私についてきてくれ」
「は……」
「梯子兵は夏侯惇殿の指揮で動かしてもらう。そのためには、道中の敵を打ち払っておいた方が速い。紫鸞殿には先行して砦を荒らしてもらい、こちらへの援護もかねてもらう」
 手綱を引き、そのまま橋へと郭嘉が駆けていく。続け、と隣から声がした。川を泳いで接近していることにまだ気がついていないのか、こちらからは拠点の手前に敵兵は見えなかった。
(知って……いた?)
 郭嘉と自分たち護衛兵は夏侯惇と梯子兵が迅速に行軍するために敵兵を打ち払う。隊長は迅速に砦を落とす。駆けつけたときには、既に砦は落ちかかっていた。
 無双の武、と誰かが褒めそやしている。それでも隊長の顔色は変わらない。むしろ、表情は険しくなっているように見えた。
 焦っているように見える。ずっと進軍速度が衰えない。表立ってこそ出さないが、郭嘉の顔にもうっすらと疲労がにじんでいるようにも見えた。単に武を発揮するだけの将とは違い、戦況に気を配りながら指示を行う必要のある軍師である以上、余計に疲れるのかもしれない。
 隊長と合流し、拠点を攻め落とす。すぐさま拠点を飛び出し、城壁付近で守備に当たっている敵将へ剣を振りかざしていた。ここまで、隊長は自分たちへ一度も指示を飛ばしていない。矢はほぼ消耗しておらず、温存しているのだと一兵士でも分かった。
 だから、多分、隊長の目的はこの先にある。夜明け色の目が遠く城壁の向こう側を見据えている。梯子兵を連れて夏侯惇が駆けてくるまでの間、酷く落ち着かなさそうに剣を強く握りしめていた。
「ここまで速く進軍できるとはね」
 郭嘉が笑みを浮かべながら口を開く。
「曹操殿の脱出はこれできっと上手くいく。けれど、貴方はそれだけではいけない、と考えている」
「……城内の敵を、一掃出来ていれば」
「ああ、そうだね。けれど、困難な道だ」
 ぎちり、と音が鳴るほどに剣が強く握られていた。何の話かは分からなかった。ただ、隊長が何を目的にしているのかは、ぼんやりと分かった。郭嘉は、最初から分かっていたのだろう。困難だと言いながら、手には剣が握られている。いつでも駆け出せるようにしている。
(典韋殿を救うつもりだ)
 曹操の護衛である典韋は、曹操を逃がすために城内に留まり、押し寄せる敵兵から門を守っている。留まった兵は寡兵と呼ぶのも生ぬるいほどの極少数。
 誰も口にはしなかったが、きっと生きては帰れまい。典韋がどれほど腕が立ったとて、だ。むしろ、こうして曹操が撤退するまでの間、門を守り続けられていること自体がおかしいとも言える。すさまじい武と、決意。それほどのものを、自分たちも持っているだろうか、と梯子がかかる刹那に思う。
「――進め!」
 夏侯惇を追い抜くように城壁を走る。多分、ここだった。自分たちが温存されていたのは、このときのため。
 東へ抜ける。眼下には敵将が見えた。隊長が手を上げる。ここだった。号令の前に、皆が弓に手を伸ばしている。
 ここだと手が下ろされた。斉射用意、と誰かが叫ぶ。護衛兵として訓練された兵は矢をつがえて敵へ向けた。間違えようもない。あれが、隊長の狙いそのもの。ここまで進軍を急がせた理由。
「放て――!」
 力の限りに、叫ぶ。一段目、斉射。すぐに矢をつがえる。敵将および敵兵に間違いなく降り注いだことを確認して、今度は火矢をつがえた。
 放て、と叫ぶ。二段目、火矢。放ち終える頃には隊長は城壁を飛び降りていた。相変わらずむちゃくちゃな、と階段を駆け下りる。
 あの護衛を救いに来たか、と敵将が叫ぶ。聞き届ける気もないようで、刃が勢いよく振り下ろされた。我らを全て斃したとて叶うまい、と嘲るような台詞を遮るかのような剣筋だった。
 遠くが騒がしくなった。わあわあと兵が叫んでいる。物言わぬ死体となった敵将を一瞥して、郭嘉がかすかに笑んでいた。
「急ぐのだろう?」
「ああ」
 捨てられた馬にまたがり、隊長がとっとと進軍してしまう。慌てて走る。空気が薄い。そんなことはないはずだった。走って、走って、武器を振るう。体力も限界に近い。それでも走った。身を削っているのは隊長も同じだったからだ。それが分かっているのか、護衛兵の仲間も誰も行軍を諦めない。
 額に汗が浮かんでいた。息は切れていた。無数の切り傷がそこかしこに浮かんでいた。常人とはかけ離れた武を持っていようと、隊長も確かに消耗していた。それだけの無茶を、押し通していた。
「ここだ」
 追いつくや否や、手が上げられていた。息を吸い込む。血の臭い臓腑に充填したように思えた。声を出す。吸い込んだ息を全て音に返る。ついてこられた護衛兵全員の威喝だ。流石に、敵将といえど動揺していた。
 咄嗟に視認できた敵将は三人。この三人が、敵兵をまとめ上げている。戦況はめちゃくちゃに見えた。奥に、夏侯惇が見える。曹操と合流出来ていたらしく、おそらくは近くに他の味方の将もいるはずだった。
 任せてもらおう、と。いっそ、優雅にさえ聞こえる穏やかな声が落ちて、剣がきらめいた。郭嘉の剣であった。相変わらずお強い、と護衛兵の誰かが漏らしていた。軍師と言うより武将にも近い剣筋だと思いつつ、向かってくる敵に槍を突き出す。
 槍を振るう。剣を握る。握った手は震えていて、感覚は既に無かった。強く握りすぎていたのかもしれなかった。
「敵将、討ち取った――!」
 歓声。悲鳴。怒号。早く、と急かしている。追え、と誰かが叫んでいる。曹操の周りには勇名馳せる将軍が控えている。武勇に優れた将もいる。
「これで城内の敵は一掃できた。もう、典韋殿の所へ送る兵の余裕はないだろう」
「……ああ」
「まあ、兵を新たに送り込まなくとも典韋殿を討ち取ることは出来る。急ごう。まだ間に合うはずだ」
 暗い、暗い夜だった。郭嘉の息も上がっている。誰も彼も余裕はなかった。常に限界まで振り絞り続けた撤退戦だった。
 郭嘉の言葉を聞いて、隊長は、やっと気をゆるめたように大きく息を吐いていた。
 変わったのだろう、と何となく思った。確信に近い勘だった。何が変わったのかは分からなかった。
「急ごう。典韋を、助ける」
「はっ」
 走る。走る。まだ、心には余裕があった。終わりが見えた。長い夜が、開けようとしているのだと思った。

 握る。開く。痛みはなかった。緊張しすぎたのか、握りしめすぎたのか、撤退直後は手が動かせなくて、最後に握った盾を離すことさえ出来ずにかなり焦った記憶がある。
「聞いたか? 曹操様、張繍と賈詡を麾下に加えたらしい」
「ご親族を殺されたって言うのに……」
「曰く、曹操様や典韋様に死を覚悟させるほどに追い詰めた才をこちらで発揮しろ、だと。すさまじいよなあ」
 噂話だけが通り過ぎていく。あの夜のことは、正直きちんと覚えてはいなかった。
 無我夢中だった。あの鮮やかな帯を追いかけていた。何を成そうとしているのかも分からずに、ただ駆けた。駆けて、武器を振るった。最後に握ったのは盾だった。
 何となく、これがこの人の本質なのだろう、と思った。
 典韋は隊長についている医者が診ており、すっかり回復しているらしい。損害は大きかったが、守れたものも大きかったのだろう。
 肝心の隊長は、ここ数日は最低限外へ出ると、すぐに宿に戻って寝ている。元化曰く、疲れと無茶が祟ったのでしょう、とのことだった。それは確かに、と納得したことは良く覚えている。
「にしたって、とんでもない行軍だったよな」
「良くついて行けたよなあ、お前」
 声をかけられたことに少し遅れて気がついて、それから息を吐きながら口を開く。
「あの帯がなかったら、俺も見失っていた。運だな」
「運か」
「いやいや、日頃の調練の賜物、ってことにしておこうぜ」
「そりゃあいい。隊長の無茶振り行軍に耐えた祝いってことで酒でも飲むか」
 ばしばしと肩をたたかれる。痛いな、と振り払いながら、ふと手のひらを見た。傷だらけの、何の変哲も無い手のひらだった。
 何かをすくい上げた感覚などは無かった。それでも、あの時隊長の無茶な行軍に付き合っていなかったら、限界以上に走っていなかったら、最後に武器を離して盾を握らなかったら――そんな起こりえなかったことがよぎっては消えていく。
(何でも良いか)
 護衛兵仲間が立ち上がる。行かないのか、と上機嫌そうな声に、今行く、と声を張り上げた。

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