モブ護衛兵くんと紫鸞くんが話してるだけのSSです。
時間的には3章序盤。均等に貢献度を上げてる紫鸞くんで、ちょうど徐州で曹操殿に味方して劉備ルートが絶たれたあたり。
夏侯惇殿が推しだなと思うのですが、メインで書いたらいらん思想が滲みそうでなかなか踏み込めません。あの世界のモブを捏ねている。モブ兵、強くあれ……
基本的に隊長の行軍はむちゃくちゃであった。何なら、軍師の話を聞いているかさえ怪しい動きをすることが、まあかなりある。話を聞いた上で無視しているのか、あるいは思うがままに行動することこそが良いと信じて疑っていないのか、そのあたりの真偽は定かではない。
恐ろしく強い――と言うわけでは、無い、と思っている。人中の呂布を抑え、決定打を与えるきっかけを作れるほどの武を持っていることは確かであったが、呂布と肩を並べるほど強いかと言われれば、どうだろうか。
強いと言われれば、強い。それは確かだ。曹操にも、劉備にも、孫堅や孫策にも認められている。お前こそが真の無双の武芸者である、と。そんな、大げさな褒め言葉を良く聞いた。
「隊長、怪我してますね」
「してない」
「してますよね。地面に血を垂らしながら言うことではないですよ。止血の布持ってきますから、そこでじっとしていてください」
「……仕方ない」
何が仕方ないだ、という悪態は口には出さずに背を向けた。古っぽい黒い装束は血の色をすっかり隠している。涼しい顔をしているから、隊長の怪我に気がつく者は、少ない。とても。
何をそこまで彼を駆り立てるのかは知らなかった。多分、彼も自分たち護衛兵が何故ついてきているのかは正確には把握していないことだろう。構わない、と思った。全てを知っている必要は無いのだ。戦場で、信頼してもいい、と思えるほどの関係だけがあれば良い。
先帝が死んだ。毒殺されたそうだ。噂話が二重三重に尾ひれをつけて、自分たちどころか、民衆の間でさえ踊っている。真偽の分からぬ話をしたり顔で語っている。
揺れている、と思った。時代が揺れていた。民衆が揺れていた。群雄でさえ揺れていた。そして、おそらくは、隊長も。
紫鸞と呼ばれるその人はどこへ行くのだろうか、と仲間内で度々話に上がっていた。最初に友誼を結んだらしい劉備殿のところではないか、いやいや曹操殿の、あの時救援に行ったからには孫堅殿のところへ――比較的汚れの少ない布を当て、きつく縛る護衛兵は、こういった話題に触れることはなかった。
触れても仕方がない、と思っていた。
「隊長は、どこへ行かれるのですか」
夜明け色の目が僅かに大きく開かれた。遅れて、しまった、と思った。別に聞くつもりはなかった。どうするのだろう、とは思っても、それだけだったつもりであった。
「……劉備の所にはもう行けない」
寂しそうな声が落ちた。二重に布を巻き、きつく縛る。既に血は止まっているのか、あるいは傷は浅かったのか、布の表層に染みはまだ出来ていなかった。
劉備とは、徐州で当たった。隊長は二通の書簡を手にしばらく考え込んで、結局曹操の元へ向かったのだ。
だから、それまでだった。
「寂しいのですか」
「そうかもしれない」
「我らが貴方の元に下る以前より、親交があったのだと、聞きました」
「ああ」
短い肯定。それを最後に、沈黙が横たわった。なんと言って良いのか分からなかった。
ついて行くだけの自分に何が言えるだろう。友誼を結んだ相手に刃を向けることの、なんと恐ろしいことだろう。
自分は、所詮はただの一兵士だ。他の護衛兵仲間だってそう。董卓討伐の折に曹操から紫鸞に従うように命じられ、そしてそのままついて行っている。ただそれだけ。
聞かなくて良いことを聞いてしまったな、と後悔した。隊長は目を伏せ、何か考え込むようにじっとしている。黒い装束は既にぼろぼろで、止血のためだけに巻かれた布が嫌に新しく見えた。
どう離れたものか、と悩んだ後、手当を終えたということにして離れようと腰を上げた。それでは失礼しますと口を開く。
「曹操の所に行こうと思う」
「曹操様、ですか」
「明日立つ」
「急ですね」
「速いほうが良い」
「……それは、確かに?」
よく分からなくて、疑問符がついた。隊長は無礼だとも何とも思っていないようで、軽く腕を回すと、礼を言って去って行った。
日は既に傾いていて、影は長く伸びている。足下から伸びた己の影は木々の影に飲まれて全容を見ることは叶わない。
孫家を見た。劉備を見た。曹操を見た。袁紹も見た。全部、見てきた。恵まれているのだと思う。普通、こうして学もなければ武勇に優れるわけでもない、ただの兵士がこうして多くの将の下で戦う機会などには恵まれまい。
分からなかった。分かろうと思っていなかった。決めることが、決断することが、多分恐ろしいと思っていた。
隊長は、既に決めたらしい。徐州で劉備達と相対しても、隊長の剣に迷いは見えなかったように思う。それだけが、自分の信じられる答えだった。
日が落ちる。影が伸びる。日の代わりに星が出る。帰らなければならない。
明日立つ、と隊長は言った。きっと朝は早いだろう。どうせ、ただの一兵士だ。隊長麾下の兵として従軍して、それでお終い。その先は、その時に考えればいい。
(だから一兵士なのだろう、俺は)
どうでも良いと思った。虚しくはあったが、先ほどから抱いていた妙な恐ろしさは和らいだ。


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