現代転生IF4話目。なんとか同棲までこぎ着けられたのでこの後はどうしようかなぁといったところ。
暦では秋とはいえど、全然暑い。龍童は部屋のエアコンをつけっぱなしにするか少しだけ悩んでから、消した。今日は図書館で課題をやってから帰ることにしよう、と息を吐く。
昨日は台風で、相応に雨風が強かった。台風一過ということで気温が下がるのを期待したのだが、悲しいかな全く気温は下がらなかった。むしろ湿度が追加されて不愉快な暑さである。
(にしても昨日は酷かったな、雨風が。築年数新しい方だけど家揺れてるかと思った)
無論錯覚である。風があまりにも酷いものだから、久しぶりにシャッターを閉めたくらいだ。
一限はないので、大学に着くなり学生会館で開いている席を探す。後期が始まったばかりなせいか、人はまばらだった。そもそも午前中は会館に人はあまりいない。皆惰眠をむさぼっているか、講義を取っているかのどちらかなのだろう。
あ、と小さく声が漏れた。見慣れた人影を見つけたからだ。
「おはよう、原田くん」
わずかに迷ってから、声をかけた。夏休みの間も龍童は大学に頻繁に通っていたが、原田と出くわすことはあまりなかったからだ。とはいえ前期の間はあれだけ関わっていたし、家に泊めるなんてこともあったのだから、声をかけること自体はおかしな事では無いだろう。原田は原田で、おそらくは夏休みはバイト漬けだったのだろうし。
よく目立つ赤髪がこちらを振り返る。心なしか疲れているように見えて首をかしげた。
「おはようございます、龍童さん。夏休みはどうでした?」
「普通にゼミ行ってた。後はまあ、内職。そういうそっちは?」
「バイトです。学費も……家賃もかつかつなんで……」
はて、と原田の隣の鞄に目を向ける。やけに大きいな、と思った。彼は普段は普通のリュックサックを使用していて、ここまで大きな、それこそボストンバッグと呼ばれる類のものは使っていなかったはずだ。
それに、どうにも歯切れが悪い。言葉数は少ないが、言葉選びに迷いは無い人だ、と思っている。
何かあったか、と聞こうとして言葉が詰まった。考えすぎでは無いだろうか、迷惑では無いだろうか、という考えがよぎっては消えていく。そもそもこんな公共の場で聞くことではないのでは無いか。そもそも、自分にそんなことを尋ねられても迷惑なのでは無いか、とか。そういう考えるだけ無駄だとわかりきっている思考が過ぎ去っていく。
「そういや一個聞きたいんですけど」
そこで、思考が一度途切れる。次に視線を戻したときには彼はすっかりいつもの調子で、スマホでシラバスのPDFを表示させながら口を開いた。
「この先生の講義ってむずいっすかね。時間的にこっちのがいいんですけど」
「過去も無いと詰むタイプのクソテスト出す行使だな。教授じゃ無い」
「げ」
「一昨年のならあるが。部活の後輩にも貸したけど、全く同じだって言ってたし、今年も同じだろ」
「マジすか。えっ、過去問貸してくれるんですか? ならこっちでいいか……」
テストさえとれれば問題ないと言うことで学生間では賛否の分かれる講師である。龍童は必修なので取ったが、ぶっちゃければ嫌いな部類だ。
いつも通りの会話に着地して内心で安堵する。それを、本当に良いのか、と非難している己も居る。気がついたことにまた蓋をするのか、と。
(――『また』?)
あともう一個だけ、という原田の言葉でスマホに目を落とす。そのまま後期の履修の話をしていれば、いつの間にか鐘が鳴っていた。二限からは講義がある、とその場を後にする。
教室へ小走りで移動しながら、後ろ髪を引かれるような心地に眉を寄せた。もし、もしも、昼過ぎにでもまた顔を合わせたら聞いてみようか、と。そんなことを考えて講義の教室まで急いだ。
昼である。二限目が終わって、小走りで食堂へ急ぐ。生憎弁当を作れるようなこまめさを持ち合わせていないので、食堂をちらっと覗いて、混んでいなければ生協に行くつもりだった。
そこで、珍しい人影を見つけて、はて、と首をかしげる。やはり朝方覚えた違和感は間違いでは無かったらしい。
「原田くん、珍しいな」
「うおっ!? ……龍童さんすか」
「普段は弁当かバイトじゃなかったか」
「あー……まあなんつーか、それどころじゃないんで……」
煮え切らない回答に眉を寄せた。何ともらしくない、とまで考えて、自分は彼の何を知っているのだろう、と言葉がつかえた。
とはいえ気になるものは気になりはする。普段は割と竹を割ったような性格で、言いたいことはすぱすぱ口にするような男だ。こういう、濁すような言い回しは珍しい。
周りはがやがやとしていて、流れで食堂の列に並ぶ。交通系ICカードがズボンのポケットにあることを確認して、それから原田に続くようにして注文を取った。
「必修の抽選でも落ちたのか?」
絶対違うだろうなと思いつつ尋ねてみる。値段の割に量の多い学食は、特に昼時はうざったるいくらいの人で賑わっていた。
龍童はうどんを頼んで、原田はカレーを頼んでいた。払うときに若干眉が寄っていたのは気のせいでは無いだろう。
ちょうど空いた席に座る。隅っこの方にスペースの帳尻あわせのように置かれたテーブルで、二人しか座れない。
「それは幸い全部通ったんで良いんですけど」
「ならよかった。たまに三年の後期になっても必修落ちて学生課に泣きついてる運の悪いやつがいるから」
「それはきついすね。まあ俺は運は悪くない方なんで」
冷める前に食事を口に運ぶ。適当に温かい方のうどんにしてしまったが、今思えば冷たいものにしておけばよかったな、と思った。
それで、と他愛の無い話を続ける。単位の話、履修登録の話、と学部が違う自分たちでは続く話題はそれぐらいだ。
聞いても良いものだろうか、と迷っては全く別の話題を選ぶ。踏み込まれては迷惑では無いだろうか、という思考が口を重たくさせていた。
そうしてちょうど食べ終わるくらいのころに、原田が龍童の方をちらと見て、僅かに考えるようにじっとからになった皿を見てから、そうですね、と脈絡も無く口にする。
「ちょっと言いづらい頼みで申し訳ないんですけど」
淡々とした口調はよく知っているものだ。何も言わずに続きの言葉を待てば、本当に予想外の頼みが返ってきた。
「昨日台風があったじゃないですか。アレでうちの屋根飛んじまって。すぐ次の下宿先見つけるんで、それまで泊めてもらえませんか」
「ああ、泊めるのはいい……何だって? 屋根?」
「屋根飛んだってのは誇張でしたね。飛んだっつーか、剥がれました。捲れたって言うべきですかね」
「どうでもいいんだよそこのディティールは」
とりあえずどきましょうか、と原田が立ち上がる。龍童もまた、すっかり空になった皿を慌てて立ち上がる。
流れで食器を返却しながら、その間中どういうことだ、と混乱していた。泊めてくれというのは、まあ分かる。たまにそういう話を研究室でも聞くからだ。それなりに中のいい学生同士で、翌日の予定とか、いろいろな理由で泊めただのその礼がどうだだのという話はそれなりに聞くものだ。
今回の場合はそれ以前の所で引っかかりすぎた。なんだ屋根が飛んだって。
「察してるかもしれないんですけど、うちまあまあかなりのボロ屋なんですよね。取り壊し寸前の所をギリギリ格安で住まわせてもらってたっていうか」
「え、あ、ああ……」
「元々雨漏りとかもあったんで、まあやべえかもなって昨日夜勤から返ったら屋根捲れちまってて……大家さんからも『良い機会だから取り壊す』って言われちまいまして」
そっか、と曖昧な相づちを打つ。あまりにもあんまりな住居事情に、本当になんと返せば良いか分からなかった。
自分が恵まれた住環境を持っていることの自覚はあるが、原田の話した内容レベルで酷い住環境を持っている知人もいない。なんでこう両極端なんだろうな、と現実逃避のように考えていた。
「一応、宛が全くないわけでは無いんですが。あっちもあっちで身寄りの無い子供三人置いてるんで、邪魔するのも悪いな、と」
「前に言ってた『信頼できる大人』か?」
「はい。それで、ふと龍童さんちの事を思い出しまして。大概迷惑なお願いしてる自覚があるんで、駄目で元々っつーか。もし大丈夫なら、って程度で聞いてもらえるとありがたいんですけど」
親御さんにも説明がいるでしょうし、と原田は淡々と続けた。今朝持っていたボストンバッグはとりあえず持ち出せる一切合切を持ってきた末なのだろうか。
話を聞きながら、親は問題ないだろうな、と龍童もまた無感情にそろばんをはじいていた。付け足すように、もし大丈夫なら生活費はちゃんと払うんで、と原田が重ねる。まあそうだろうな、と特に驚きも無かった。そういう律儀さがあることは、この半年でよく知っていた。
「俺は別にいいんだけど」
「えっ」
「頼んどいてなんだその反応は。喜んどけよ」
「断られる前提だったんで」
了承の言葉を口にして、礼を受け取って、それから荷物がどうとか、そういう話を続ける。
半分事務的とも言えるような会話を続けながら、どうにも妙な心地だ、と息を吐く。
前にもこんなことがあったような。
ずっと前からそうしていたかのような。
それはとても短い時間ではあったけれど、どうしようも無く大切な、褪せない写真のような記憶であったような。
そんなものはあるはず無いというのに、と業後の話を続けている。流石に原田は今日明日と住環境の目処が立つまではバイトは休みを入れているらしい。働いている量の兼ね合いと、勤務態度で有給を前借りするような形で入れさせてもらっているそうだ。
「一応、大家さんの温情で無事な家財は大家さんちに入れさせてもらってるんですよ。まあでかいものは全部雨風でやられちまいましたが……」
「ならあのボストンバッグの他はそんなに無い感じか」
「はい。まあ次の住処見つかるまでは置いて良いとも言われてるんで、いったんはあのボストンさえ置かせてもらえれば大丈夫す」
「分かった」
じゃあまた後で、と始業五分前の鐘に一度分かれて教室まで歩く。そこで、不意に、あの淡い奇妙な心地が、時折寝起きに襲ってくる感情の奔流によく似ている、と気がついた。
*
誰かと暮らしたことは無いのか、と聞いたことは無い。そもそもそれどころでは無いような状況ではあったし、そんなことを気にする必要も無かった。
マスターとサーヴァント、という関係性であると言うだけで片付いただけの話。それ以上の関係では無い。ただ信頼はあったし、主従以外の――もっと別の、名前の着けようのない、友愛のような、親愛のような、同情のような、憐憫のような、そういう感情は持ち合わせていた。
「あー! クッソ、これで正真正銘終わりだって思ったんだけどなぁ!」
「めちゃくちゃ元気ですね」
「今にも死にそうな傷見えてねえのか?」
「今にも死にそうな奴は大声出せねえと思いますけど」
それは確かに、とガラにも無く大きな声で笑っては、傷に響いて顔をしかめることを繰り返す。それは今まで鬱々とした、抑圧された息苦しそうな表情しか見せていなかったマスターを思えば、有り得ないような表情だった。
流されてきたもの同士、死ぬべき時に死ねなかったもの同士、未だこの主が生き続けなければならないのかと思ったが、杞憂らしい、と思った。
少なくともかつての己のような無気力さは今は無い。吹っ切れたような、あるいは本当にやりたかったことをやり遂げたかのようなすがすがしさがあった。これで未練は無いと死を選べる人間であれば、ここまで面倒くさい性格はしていなかったことだろう。
だから、ここまで。これでおしまい。この二度目の夢の道はここが終着点だった。
「……ああ、これでおしまい」
消えかかった聴覚がギリギリのところでマスターの声を拾う。
「ありがとう、俺のランサー」
はは、と。困ったような、揶揄うような、それでも名残惜しさを殺しきれなかった笑顔を浮かべていた。
ランサーの持ちうるあの聖杯戦争の記録はそこまで。きっと大丈夫だったのだろう、という確信は、ある。あの『龍童令』という青年は、きっと心の往くままに歩いて、生きて、そして死んだのだろうという確信が確かにあった。
(なら)
だからこそ、と原田は回想する。
(何で今あの人はあんな顔してんだよ)
誰も彼もが多かれ少なかれ望んだ生を歩けているのに、それは原田とて例外では無いのに、何故、と答えが出ないことを分かった上で自問する。
原田のように最初から最後まで流されたわけでは無いのに、そのような目に遭う謂れは無いのにあのような人生を送らさせられたのだから、せめて二度目の生ぐらいは望んだように、好きなように――幸福に生きていかせるぐらいはさせたって良いじゃ無いか!
*
授業が終わって、学生会館の前でスマホを弄っている龍童を見て小走りで駆け寄る。気がついたらしい龍童はぎょっとした顔をして、走らなくてもいい、と怒鳴っていた。大きな荷物を抱えているのが気になったらしい。
「見た目だけなんで言うほど重くは無いんすよ。ほぼ布ですし。持ってみます?」
「え、ああ……いや重いだろコレ。持てなくは無いけど」
「そうすかね」
お前はそうだろうけど、と龍童が文句をにじませた目で見ている。実際原田からすればさほど重くは無いのだが、と鞄を肩にかけ直して肩をすくめた。確かにそこまで鍛えていなければ重たいのかもしれない。
そうして歩き出して、一度辿った道を歩く。一度歩いただけだというのに、見慣れたと思うのは変な話だと思った。
「部屋……はこの間泊めたところでいいか?」
「全然。つかむしろいいんです、一部屋なんてもらっちまって。いやありがてえんですけど」
「使う予定の無い部屋だし、いいよ」
一瞬言いよどんだように思えたのはおそらくは気のせいでは無いのだろう。龍童はわかりやすく目を逸らして、それから空き部屋のドアを開ける。無難な、最低限の木製の家具が静かに佇んでいた。そこに人の気配はない。
親が使うつもりでという体裁で、と言っていた。元より住むつもりがなかったのだろう、というのは容易に想像がつく。そうでなければ、ただの大学の後輩を家に置いておく、なんてことをするわけが無い。
ボストンバッグを開けながらそんなことを考えて、よくOKを出してくれたものだ、とふと思った。言ってしまえば原田と龍童は赤の他人だ。原田は勝手に龍童に対して親近感とも郷愁とも言える感情を抱いて入るが、恐らく前世など覚えていないであろう龍童がここまで原田の事を受け入れてくれているのは謎である。
衣類と最低限の小型家電、それから消耗品を眺めて、少ねえ荷物だこと、と自嘲する。切り詰めている自覚はあるが、こうも少ないとそれはそれで物寂しい。
「原田くん、これ」
「なんすかこれ」
「鍵」
手のひらに雑に落とされたそれはほぼ未使用のカードキーだった。思い出してみれば、錠前は無かったなと玄関のドアを思い浮かべて受け取った。
本当に妙なことになっている。ダメ元で頼んだがよもや受け入れられるとは誰も思うまい。龍童は龍童でどことなく落ち着かなさそうにふらふらと意味も無くうろうろしては、原田の様子を見て家の中を簡易に説明してくれていた。
前は、とボストンバッグを部屋へ運ぶ。衣類を取り出して箪笥に詰めて、しわになると面倒なバイトの制服類はハンガーに掛けた。一緒に暮らすのは当たり前で前提だった。聖杯戦争とはそういうものだからだ。マスターとサーヴァントである以上、この両者は不可分で、分かれる事があるとすればそれは聖杯戦争が終わるときか敗退する時かの二択だ。
覚えているのだろうか、と未だに期待めいたことを思うことは、ある。それでも覚えていない方がマシなのだと考えてもいる。ただ、強いて言うのであれば。
あれだけ明確に他者と線を引いているこの男が、己にだけその線引きが緩んでいるのだと思うと、それはとても嬉しいことだ、と感じている。
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別に良いけど、と口にした。本当にどうかしていると未だに思っている。玄関の鍵を開けて、ほぼ赤の他人と言っても良い男を家に招き入れた。
徐々に自分の境が緩んでいることを自覚して、しかし受け入れてしまった以上はもうどうしようも無い。
管理会社からのお知らせは未だに机の上に置き去りだ。自室の机にあるから、原田が目にすることは無いはずだ。
(よりによってこの時期に人を中長期で泊めるのは……悪手だよなぁ)
後ろめたさを誤魔化すように、原田に部屋の位置と諸々の家電の位置を伝える。鍵を渡して、使い方も口頭で教えた。
親が買ったマンションだ。賃貸ではないので、人が増えるのに際して厳密な手続きは実は要らない。龍童が親から鍵を渡されたときは、社会人になったらこのまま名義を移すとは言われていた。それに伴う費用は自分たちが持つから、それでお終いだ、とも伝えられていた。
自分でも驚くほど何とも思わなかった。そうだろうな、という諦めだけが未だに横たえている。
見てくれと体裁、世間体のためだけに作られたのだなぁ、という事実がある。それぐらい。だから別に龍童は両親のことを恨んでもなければ好いても居ない。不自由の無い暮らしをさせて貰っている感謝はあるが、それぐらいだろう。そもそも物心ついたころからまともに話した記憶も無いのだ。愛着を持てという方が微妙だろう。
ぐるぐると回る思考を止めたくて、あれこれと世話を焼くように原田に諸々必要事項を伝えて入るが、余計なそれは止まる気配もなかった。ついぞ伝えるべきことは伝えきってしまって、迷ったように手が空を掻いた。
「飯でも食います? 冷蔵庫に何か入ってればですけど」
それで、ようやくぱっつりと余計な思考が止まった。
「ああ、うん……いや冷蔵庫はほぼ空で……」
「あー、本当すね。冷凍庫がすげえってか閉まんねえな、閉まらないんですけど」
「押し込めばいける」
「一人暮らしの冷凍庫じゃないでしょこれ」
何も言い返せなくて目を逸らした。夏の日に原田を泊めたときに冷蔵庫に少しだけ物が入ったが、それ以降はやはりからきしだ。
「何一つ改善してねえ」
ぼそりと落とされた言葉に目を逸らした。本当に何も言えない。あまりにも生活能力がダメダメすぎる。掃除は辛うじてちゃんとやっているのだが、それもこう、人が来る可能性があるからやっているみたいなところが否めない。そのあたりの義務感が消えた瞬間、諸々の小さな生活の動作を放り投げる自信があった。最悪である。
原田はなんとか冷凍庫を締め切ると、小さく息を吐いて苦笑した。それじゃあ世話になる礼ってことで、と流れるように水場に立っていた。
「いや流石に手伝うから」
「男飯でいいんだったら別にいいですよ。散々バイトで作ってますし。後しばらくはこの死ぬほど詰め込まれた冷食を消費するところからになるんで、まずまともに料理しないんで……」
「はい」
出された陶器の器に撃沈した。レンジ使用可能な皿である。冷凍庫の物は好きに使って良いから、と蚊の鳴くような声で付け足せば、押し殺したような笑い声が返ってきていた。
「泊めてもらってる間は生活費とかは出すんで」
「いいよ。どうせ俺が卒業するまでの間は親が出すんだし」
「それは余計悪いんですけど」
思い出したような話題に、ああ、と頷いた。確かにその通りだ。世間一般では原田の認識が正しい。その上で、龍童はまだ自分が実家に居た頃を思い出して、息を吐いた。
「――いいよ。どうせ出て行く金なんて見てないんだ」
裕福な家庭だという自覚がある。国立とはいえ、バイトもほとんどしなくて良いほどに生活費は振り込まれているし、挙げ句の果てにこの下宿先だ。一人暮らしの大学生にはあまりにも広すぎる家。家庭によっては一つの大きな資産とも言えるマンションを与えられている子供は、恵まれた子供だろう。
その実、親が子供に何も関心を向けていなくたって、恵まれていることに変わりは無いのだ。裕福だから、義務的に、世間話の種として産まれたもの。親の顔なんてほとんど覚えていない。会話をした記憶も無い。最低限の世話も、代わる代わる現れた他人から与えられたということしか覚えていない。その記憶でさえ朧気だ。
「それは――……いえ、俺が気にするんで。使わないんだったら貯めておいて下さい。後から親御さんになんか言われたときの切り札って事で」
「ああ、うん。そういうことなら」
原田が僅かに目を見開いて、それでも払うというので頷いた。なんと言っても、子供が居たという事実が欲しかっただけの人間で、龍童令という子供は適当に生きていれば目標が達成されていると判じて方っておいているような親だ。後からとやかく言われることはないだろうが、万が一と言うこともあるとも言い切れない。そう思えば、原田と龍童の心情の落とし所としてはちょうど良い塩梅かもしれなかった。
空っぽの陶器の皿へ目を向ける。並べられた皿は二つ分。長らく一人暮らしをしていたから、違和感を覚えるかと思ったのだが、存外そうでも無いらしい。
まあ人が二人居るのだから当然と言えば当然だ。
「冷食は好きに食ってもらっていいから」
「了解です。取り合えず量を減らさねえとまともに自炊も出来ないですからね」
「うるさいな」
何度弄れば気が済むんだとにらみつければ、面白く思ったらしく、くつくつと原田が喉を鳴らしていた。

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