現代転生IF2話目。なんとか同棲までこぎ着けたら一区切りです。多分。
後専用のサムネイル作りたいですね。
新学年といえど、半年も経てばそれなりに慣れるものだ。具体的には後輩の勉強の面倒とか。
「なんで講義には毎回出てるのにプリントが真っ白なんだ」
「前日夜勤だったんですよね」
「入れ……るなとまでは言わないけど、これ教養科目だろ。別の選べば良いのに」
「他の単位は全部抽選落ちました」
「そうか、前期の頭に抽選全部通ったって言ってたよな」
「チッ」
「舌打ちすんな」
学生会館で涼みながらプリントを写している大男の絵面はちょっと面白い。自販機で買ってきたアイスを開けつつ、自分は読み込みの途中だった論文を読もうとタブレットを開いた。
「それ、読めるんですか」
「気合いで読むんだよ」
のぞき込んで来た原田が僅かに目を開いていたのがおかしくて、揶揄うように冗談を言った。実際の所はそれなりに読める。基礎的な英語が読めれば、後は本数を読めば意外となんとかなるものなのだ。
外国語はそこまで得意では無いらしい原田は顔をしかめて、すごいすね、とプリントの転写に戻っていた。修士課程に進む気もないと言っていたから、彼は少なくともこんな論文とは無縁の学生生活を送れることだろう。
部活動勧誘から始まって、同じ教養科目を取っていたことが発覚し、それから何となくこのような関係が続いている。龍童から絡みに行くと言うよりは、妙に原田に気に入られて絡まれている、と言うのが正しい。
(悪い気は、しないが)
何故、という疑問はたまに出てくる。特段理由は無いのかも知れない。ただ、本当に何となく居心地が良いだけ、という理由の可能性もある。理由なんてどうせ聞けないのだから、気にするだけ無駄だろう。
原田は体育科らしく体力お化けで、講義が入っている時間帯以外は結構忙しなくあちこち動き回っている。特にその日の最後のコマが終わった後はすぐにバイトに飛び出しているほどだ。金欠の言は本当らしい。
休日もほとんどバイトに費やしているというのは何回か会話をしている内に知ったことだ。何回目かの講義の前後でそんな話になったのを覚えている。
「あれ、すいません龍童さん、ここ一回分抜けてますね」
「マジ? ……うわマジだ。あぶね、持ち込みの時に抜けたまんまになるところだった」
原田の声に我に返って、講義のプリントを確認する。確かに一回分プリントが抜けていた。整理したときにでもどこかに紛れてしまったのだろう。
「悪い、明日持ってくるんで良いか?」
「うす。大丈夫です。こっちこそすいません」
「いや、こっちも助かったから」
外でセミがやかましいくらいに鳴いている。夏の初めとはいえ、ここ数年はうだるように暑い。むこう二ヶ月ほどはこの暑さが続くと思うと憂鬱だった。
「基礎科目の方はなんとかなりそうなのか?」
「何個か落としそうですけど、まあ他は」
「落とすな基礎科目を。 ……はあ、どれ」
「教えてくれるんですか?」
「過去問ベースでいいならな。毎年問題変わるから解き方覚えてないと終わるけど」
余計なことを言っただろうかとも思ったが、杞憂に終わった。やや喰い気味の原田の様子に安堵を覚えて、鞄にタブレットをしまった。
後でまとめてくるよ、と口にする。ありがとうございます、という礼を聞いた。
こういう時、不思議なくらいに嬉しそうな声音をする、と思った。見た目こそかなり無表情寄りだが、ある程度仲良くなれば存外表情豊かとだと分かった。
まあ、それが、きちんと段階を踏んで分かるのであれば、いい。よく分からないまま一方から好かれて、仲良くなる内に気心知れてくる、というのはそれなりにある話だろう。
「それじゃあ、また明日」
「ああ、また明日な」
プリントを雑に鞄に詰めて原田が会館を後にする。龍童はまだ論文を読む必要があるから、追い出されるまでは居るつもりだった。元より学校から近い位置に下宿先がある。
なぜだか最初から彼の感情の機微を察することが出来た、と思う。理由は分からなかった。それでも、それが悪いことでも無い、とも思っていた。
なんだっていいか、とタブレット端末に目を落とす。無機質な英字の羅列に無心で目を通した。
たまに、起き抜けにどうしようもないほどの感情を抱いて、蹲っているときがある。悲しいわけでは無く、苦しいわけではなく、憎いわけでもなく――ただ、なにか、胸が詰まってどうにもならなくような、そういう心地。
締め切らないカーテンから朝日が差し込んでいる。ベッドの上で掛け布団を掴んで丸まったまま、ただ耐え忍ぶように深く呼吸をした。
「っは――はあ――はぁ……」
概ね、どんなに長くとも五分くらいのそれをやりすごして、やっと身体を起こす。自分でも意外なことだが、寝汗をびっしりかいていたとか、どこかかきむしった跡があるとか、そういうことはないのだ。
今何時だとスマートフォンの画面を二度叩く。デフォルトのままのロック画面には午前七時が表示されていた。
のそのそとベッドから降りて、カーテンを勢いよく開ける。あまりのまぶしさに目を細めて、日が長くなったものだとぼやいた。朝は早い割に日没は遅い。
一人暮らしにしては広すぎる部屋も随分となれた。人間は存外図々しさに関しては誰も彼も変わらないらしい。おそらくは自分にほとんど興味が無いであろう両親は、ほとんど顔も思い出さなかった。
そもそも、肉親など居ただろうか、と錯覚するほどに縁は希薄だった。どうあがいても返しきれない金銭的な支援を受け、小中高大と不自由なく進学させてもらっておきながら、随分と薄情なものである。
買い置きのシリアルを開けて、冷蔵庫から飲み物を取り出し、適当に胃に詰め込む。伸び始めた後ろ髪を一つにまとめて、スマホのメモ帳を開いた。
やりたいことを好きなようにしている、と思う。それはもう半ば脅迫的なほどに。面白そうだと思った事に手を伸ばして、興味関心がある方へ歩く。そうして今の龍童がここにいる。そこに家族から干渉されることは無かったが、代わりに助言を与えられることも無かった。
昔、どこかでこの話を誰かにしたように思う。もうあまり覚えていない。あまりに遠い話で、他愛もない内容だったせいだろう。
「あ、プリント」
最後のひとすくいを口に入れたまま立ち上がって、ごちゃついた引き出しからプリントを引っ張り出す。多少折れてはいたが、比較的きれいな状態で残っていたことに安堵の息をついた。
それから、と過去のテキスト類を突っ込んでいるほうの引き出しを開く。去年の基礎科目の残骸である。ほぼ高校の貯金で乗り切れてしまったため、まともに勉強をした記憶も無い。
後期からは徐々に専門が増えていったせいでそれなりに大変だったような気がする。まあ、彼の場合はどちらかというと専門が増えてからが本領発揮だろう。体育科の専門は実技も多いと聞く。
もっとも、座学は寝ていそうなものだが、とそんなことを考えて少々愉快な心地になった。
鞄に自分が必要な資料類とタブレット、PCを詰め込んで、諸々の支度を整える。忘れないうちに頼まれていた分も入れればお終いである。
時計を見つつ自宅を出る。そういえば、とふと前期の終わり、夏休み目前になって思い返す。いつの間にか自分ともう一人分の資料を運んだり出したりするのが日常になっていたな、と。呆れたような、それでもなんだか悪い気はしないような、微妙な顔をして鍵を閉めた。
*
拝まれること三回。何故増えるのか。
「おお龍童様龍童様、これで落単を免れます……!」
「理学部の先輩も落単とかするんすね」
「うっせー! 誰も彼もが頭良いと思うなよ一年!」
「俺体育科なんで」
「うわっ体力お化けの巣窟」
「あー、なるほどコレが偏見ってやつすね」
どちらかというと事実ではないだろか。理学部連中は、まあ、なんというかピンからキリまでいるので頭のできは置いておくにしても、体育科の体力は必須事項だろう。
元部活の同期二人に追加で拝まれるのに頭痛を覚えながら、はよ写せと追い払うように手を返した。
「そういや、部活やめたんですね」
「え? ああ……研究室の方が忙しくなるからら、それで。元々何となく入った部活だったし」
「はー、早々と辞めやがって、おかげさまでさらに弱小だぞ」
「まあ元々大会出ればオッケーとか言うバカゆる部活だしそれはしょうがないっしょ。あ、龍童くんこれありがとー。今度ご飯おごるよ」
「えっ早!? 待って待って俺まだ写してない!」
わたしは元々一回分だけですし、と勝ち誇ったようにマウントを取っている。まあ一回休んだ分を見せてくれは普通のことだろう。隣の男はほぼ全部サボっているのだから救いようが無いが。
必死に写している同期を尻目に、自分はとゼミの課題を捌いてしまおうとタブレットを開いた。慣れたものだ、と思う。
原田は会話が三年の学生同士のものに移ったと判断するやいなや、もくもくとプリントを写していた。同性から見ても大きな体が丸まって机に向かっているのが面白く見えて、小さく口角を上げた。
同期はバイトがあるからと早めに退散していた。原田は今日は珍しくバイトが無いらしい。いつも忙しなく動いている印象だったため、意外だな、と思わず口から出ていた。
「テストやばいんで……多分二十歳越えたら学費も持たねえといけないんで、留年は出来ないんですよね」
「学費も? ……まあ、細かくは何も言えないけどさ」
親は、と咄嗟に出た言葉をしまう。傍目から見ても恵まれている方の龍童が何か言えた口では無いからだ。
それを見て何か察したのか、ああ、と原田が頷く。別に大した話じゃ無いんですけど、となんてことのの無いような口調。
「昔、一回親と派手に喧嘩しまして。今じゃほぼ絶縁状態です。面倒見てくれる大人は他にいるんでご心配なく。高校んときもそっちで面倒見てもらってたんで」
「そう……か。なら良かった」
「ええ、気にしないで下さい。八割身から出た錆なんで」
それはそれで気になるんだが、とじとっとした目を向ければ、くつくつと今度は原田の方が愉快そうに笑っていた。
「いえ、まあまあのお人好しですね。ほっときゃ良いでしょ、他人なんですから」
目を瞬かせて、そう見えるのか、と視線を逸らした。そういう風に振る舞ったつもりは無いが、周りから面倒見が良いだのなんだのと言われることはそれなりにあったから、そういうことなのだろう。
今は全く問題なく楽しくやれていますよと、そういう意味を言外に含んだ言葉に無性に安心している。曲がりなりにもそれなりに付き合いのある人間は不幸であって欲しくないという心から来るものだ、と自分を納得させた。
しかし、なるほどなあ、と腑に落ちるものも合った。やけにバイトを入れまくっているとは思っていたが、親とほぼ絶縁状態という彼の境遇を思えば納得がいく、生活費と今後の学費の工面だろう。国立であるこの大学を選んだというのにも納得である。
「まあ、その辺の話は置いておくとして。他は? 不安な科目は無いのか」
「そうすね……生理学と……数学と……物理と……力学と……英語と……」
明らかに目を逸らしながら数え上げる姿に頭を抱えた。上げられた科目は理学系の学部共通必修の基礎科目たちである。
「基礎科目ほぼ全部じゃねえか!」
「……推薦で入ったんで」
たまらずツッコミを入れれば、わかりやすくしょんぼりとした様子でそんなことを返された。
「推薦ならなおさら単位落とせないだろうが」
大抵推薦で入学した学生の成績はある程度はトラッキングされる。極度に成績不振であったり、素行不良が目立つと当該高校の次年度の推薦枠が消えるのが一般的である。だから頑張って入るんですけどね、と頬をかいているあたり、当人も一応自覚はあるらしかった。
まあ自覚の有無は正直どうでも良くて、一定の成績を取れているか否かの一点だけが重要なのである。その点ギリギリの橋を渡っているとおぼしきこの男は、なんともまあ目が離せない事だと思った。
「第二言語は何取ったんだ?」
「中国語です。ある程度話せるんで」
「……英語は駄目なのに?」
「オランダ語ならギリ……」
「なんだその言語ラインナップは……」
さっと目を逸らされた。これ以上の追求は流石に可哀想か、と切り上げて息を吐く。
妙な心地だ、と思った。それはそれで構わない。少なくとも不愉快というわけでは無いのだ。少なくともこうして半年近く付き合っていられるくらいには、悪くないと思っている。
「去年のノートで良いならあるけど」
「えっ、いいんすか」
「いいよ、事情も聞いちゃったし」
「それは俺から喋ったんで気にしないでもらえると。でもノートは見たいんで、遠慮無く」
はは、と笑みがこぼれた。
それを。一瞬だけ、何か酷く眩しいものを見るような顔で返されて――すぐに、いつもの調子の無表情に戻っていった。
その様子に酷く胸が痛んだように思えて、理由も分からないままに蓋をする。理由の無い感情の発露は良くあることで、そして考えても仕方のないことだった。
写し終わったらしく、礼と共にプリントを返される。今日の用事はこれでお終い。龍童はもう学内に残る理由はないし、原田もこの後は普通に用事があるかもしれなかった。用事以前に、いい加減テスト対策をしないといけないのかもしれない。何せ座学は滅法ダメダメらしいのだから。
だから、と言い訳を並べ立てる。これもきっとただのお節介で、気の迷いのよううなものだ。
単に顔見知りが困っているのは決まりが悪いだけ。放っておくのも落ち着かないのだから、だからこの行動は理にかなったものであると、そう理屈立てて正当化する。
「家に来るか?」
基礎科目なだけあってテキストも量があるし、まとめたノートもそれなりにある。龍童も毎日講義用の資料と研究室の資料を運んでいるから、わざわざ写させるために持ってくるのも面倒なのは事実である。
原田の方を伺うように見れば、驚いたような顔をして、それから何故だか酷く嬉しそうに頷いていた。
「――……そんなに?」
「何がです?」
「いや、別に」
結局まとめたノートがあったところで基礎科目のテストは自分である程度出来るようにならなければ意味が無い。だから、見せてもらえるのは有り難いことではあるのだが、そこまで感謝されるようなことでもない、と思っている。わざわざ龍童の家まで来て写すものかと言われると、やや微妙だ。
そうだとも。この提案ははじめから理にかなって等いやしない。単に分かれる時間を引き延ばしているだけ。見覚えの無い郷愁に振り回されているだけに過ぎない。
「じゃあ、とっとと移動するか。夜はどうする」
「あー……もし冷蔵庫の中見て良いなら作りますよ、礼に」
「…………ろくに、なくて……」
「マジすか。えっマジで無いってことはないでしょ、ちょっとこっち見て下さい龍童さん」
非常に有り難い申し出ではあるのだが、悲しいかな龍童はあまり自炊はしないタイプである。そもそも冷蔵庫より冷凍庫を開いている回数の方が多い。水は通販でケース買いしているので、ほんとうに冷蔵庫を使っていない。
というのを、信じられない目で突き刺すのをほんとうに辞めて頂きたい。まるで駄目人間だと言われているようだ。実際その通りではあるのだが。頭は多少良くても生活能力がお粗末では笑い話にならない。
「いや、流石に後期からはなんとかしたいし、いい加減健康診断で引っかかっても嫌だし、とりあえずスーパーよって帰ろう。買い置きのインスタント……飯もちょうど無くなる頃だし」
「今インスタントって言いましたよね」
「言ってない」
「はあ」
自宅が片付いている方で良かったと心の底から思った。これで汚部屋だったらほんとうに目も当てられなかっただろう。
呆れたような声を振り切るように早足で校門に向かう。それに原田がすぐに追いついて、意外ですね、なんてことを言っていた。

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