ざっくりとした感想など
個人的には好きでした! 面白かった!
それはそれとして情報量はどうかと思う量。テレビシリーズでやれ。
救いってなんなんだろうなあと思って見ているなどしていました。まどマギ自体は呪いと祝福、希望と絶望、博愛と愛、慈愛とエゴの話なんだろうと思っているタイプです。
身も蓋もない言い方をすれば、ほむら・さやか・なぎさ推しは大優勝、それ以外の子達を推している人たちはどうだったんだろうなあって思いました。私はほむら推しの友人と見に行ったのでおおむね満足してたんですけどね……私の推しはさやかちゃんです。今回もイケメンで助かる。
いわゆる魔女の起こりと『救済』がテーマ……だったのかな……わからない……なにもわからない……
ワス先輩とほむらちゃん、さやかちゃんの辺りがわかりやすかったかなあと。
「大丈夫ですから、私を呼んで」から始まった祈りは呪いとなって、やがてかつてまどかと同じ祈りを持った少女たちでさえ食い潰してしまったのがワルプルギスの夜だというのであるのだから報われません。報われた末がアレである、ともいえるのかも。
救済の祈りについて
「マルグリート」という少女はかつての救済の象徴であって、故にワス先輩もまどかを「マルグリート」と呼んだのでしょうね。彼女の時代において、救済の理はマルグリートという一人の少女だったんでしょう。
それが、耐えきれなくなった。かつて魔法少女のなれの果ては自我を持たない呪いの結晶である魔物でしかなかったのであれば、せめて彼女たちの痕跡を残せるようにと変質した結果が「魔女」なのかな……と。
最初はマルグリートの祈りとまどかの祈りは全く同じなのかなと思っていたのですが、考えれば考えるほどちょっと違うような気がしてきました。なぜなら絶望の形が違うから。
まどかの魔女って「救済の魔女」なんですよね。たいしてマルグリートの魔女は「舞台装置の魔女」ないしは「演劇の魔女」。マルグリートの場合は元々「魔女」にさえなれなかった少女たちの呪いの集合体である前提を踏まえると少々話が違うのかもしれませんが、それでもこの違いはあるのかなぁ、と。
まどかが救うときは「もういい。もういいんだよ。もう誰も恨まなくていい。もう誰も呪わなくたっていい。貴女の希望を、絶望なんかで終わらせなくていいんだよ」になるわけですが、マルグリートの場合は「大丈夫、大丈夫ですからね。わたくしが貴女たちを呼びます。貴女たちのことを忘れません」だったんですよね、呪いに飲み込まれんとするその時に吐いた言葉が。
まどかは「絶望で終わらせない」祈りで、マルグリートの祈りは「あなたを名前の無い呪いなんかで終わらせない」だったのかも……?と考えています。
ほむらちゃんとさやかちゃんとラストの発破がけについて
ほむさや多い理由これか〜〜〜〜!!!!してました。こら納得。
さやかちゃん、少女特有の塞ぎ込みモードにどうしても入ってしまう(普通の少女なので)んですけど、そこを抜けた途端にイケメンになるのはマジでなんなんですか? やっぱさやかちゃんに恭介はもったいねえよ(そこではない)
個人的にまどかに対する解像度が違うから出た言葉で選択なんだなあって飲み込みました。
さやかちゃんはまどかの幼馴染みで、円環の理によって救われてしまったから、だからまどかの慈愛をどうしても否定できないんでしょうね。何か大いなる決断を迫られたときに、自己犠牲をどうしても選択できてしまう。それが選択肢としてでてきて、選択できてしまうのがまどかという少女の強さであり優しさであり慈愛という性質そのもので、それはまどかママでさえ把握しているんだと思っています(だからテレビシリーズでも背中を押したのかなと)。
でもほむらちゃんはそうではなくて。まどかに触れて交流したのは転校してきてからワルプルギスの夜が襲来するまでの短い間だけ。その間をずうっと繰り返しているだけなので、所詮はそれだけなのだろう、とも。
だからまどか個人に執着できるのかもなあと。さやかちゃんは知ってしまっているから、まどかがそういう子なのだと、それがまどかの意思で、ねじ曲げられることを望まないとわかってしまえるから、だから止められない。ほむらちゃんはそこが見えないままだから自分の意思でまどか個人の救済に邁進できるのかもなあ、と。
まあ妄言の域を出ませんがね。
「あんたは、あんただけはまどかを円環の理だなんて呼ぶな」「あんただけはまどかの幸福を諦めないで」というのは、まどかの親友だからでた言葉なんでしょうね……まどか個人の幸せをさやかちゃんは祈れるけど、それがまどかが望まない=幸福だという確信が持てないから手を伸ばせない。だから、手を伸ばせるあんただけは諦めないでくれ、というのは……なんて重くて痛々しい呪いなんでしょうね……
ところでなぎさは人生二週目だったりしませんか?なんなんだあの子は。一人だけメンタル以上につえーんですけど。
最後の最後にまどかに救われることを願っていたワス先輩、彼女もまた名前の無い存在になってしまった(=わたしの名前を呼んで)からこそ、「円環の理」という概念ではなく「鹿目まどか」という個人に手を伸ばしたほむらちゃんの背中を押したのかもしれませんね。というかそういう話だと思っています。あってるよね?
あの背中を押されるシーン、魔法少女たちがみんな「私たちを受け止めてくれたのは鹿目まどかという少女だった」と口を揃えていっていましたが、故にこそ彼女も彼女の人生を全うする権利があると心から思っていたのはマルグリートぐらいだったんじゃないかな……って思っています。だって名前を失ってしまったのは彼女だけなので。
ラストのシーンなど
あれは……まどかは……ほむらちゃんは……????
めちゃくちゃ次回作に放り投げたな……とは思っています。清々しいないっそのこと。まどマギの続編を見に行ったと思ったらまどマギ破を見せられたという感想をXで見かけたんですが、マジでそれはほんまにそうと思いました。
ところで見滝原の外側がめちゃくちゃ砂漠だったんですけど、円環の理の支配地域砂漠化してませんか?気のせい?
あのインキュベーターの目も怖いところです。どっかの考察で円環の理解析済みでインキュベーター配下にあるのではないか、とか見かけました。やめてくれあり得そうなんですけど。ラストに魔女を前提にしたエネルギー回収システムの構築に勤しむよ〜んとかいって消えましたからねあの野郎。
いやでもあの砂漠って叛逆のOPの砂漠……では……?マジで何……?
未だによくわかってないこと
- とかげさん電話とソウルジェムを持たない少女
あれはマジで何??
結局ほとんど掘り下げなく終わりましたが……あのサイドテールの女の子もいじめられてたっぽい描写がありましたが、一方でラストの方では普通に友達と帰るよ〜のような描写がありましたし……キューブをほむらが持っている辺り、なにかしてるんですかね。
- とかげさん電話そのもの
マジでわかんないです。何だあれは。ラストのシーンでも出てきたし、無意味なモチーフとはとても思えないんですけど……
- 変質した円環の理
「私たちが救われたのは鹿目まどかの存在ありき」のようなことをいっていましたが、まどかという人格を失ってしまったことが円環にどんな影響があるんでしょうね。ワス先輩は明確に「変質した」って言ってたので、変質したのは事実なんだとは思うんですが。
そもそも円環は機能してるのか……?今は機能停止状態なのか……?
こんなもんですかね。今思い出しながらこれを書いています。びみょい。パンフも読みましたがまだちょっとわからない。あと明らかに未来に投げられているところが多いので本当になにも分かってないです。さやかちゃんが吹っ切れた後ドチャクソにメロかったのはわかる。
続きはあるんでしょうか。さすがになかったらキレ散らかす自信がありますが、こればかりはなんとも。円盤出たら買ってもう一回見ますかね……



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