超かぐや姫!を見たよって話

めちゃくちゃシンプルにすげ~良かったです。迷ってるなら見ていい。Netflixでしか配信していないのだけが欠点。

YouTubeでライブシーンだけ見かけて気になったのでわざわざNetflix契約して見ました。良かったです。
以下雑な感想殴り書き。

大まかな感想について

竹取物語自体は存在していて、それとは別に繰り広げられる「現代のかぐや姫のおとぎ話」でした。すげ~良かった。

現代における冷淡さ、夢のなさと同時に、現代だからこそ描けるうたかたの夢というのを描いてるのかな~と思うなど。作中では消え物の描写が多く、同時にかぐやが「消えないもの」を無駄に置いている描写が目立つので、消えてしまう美しいものとそれが存在した証拠であるだけの消えないゴミという対比なのかもしれません。

でもゲーミング電柱はさすがに草。なんだよゲーミング電柱って……

ストーリーがすごく良かったです。というか彩葉ちゃんのキャラが良かった。
この話ってかぐやと彩葉とヤチヨの物語なんですけど、大きく見ればこれは「かぐや姫を外から見ている現代人」の話であり、そして「かぐや姫に置いて行かれてバッドエンドだった翁」の話でもあるんだと思うんですよね。彩葉は明確に竹取の翁の役割をあてがわれている子で、「そんな結末ハッピーエンドじゃ無い」とだだをこねたかぐやに感化されるように「このおとぎ話はまだ終わってない」と駆け出すまでの物語。

すでに決められたストーリー、運命、物語があって、それらを受け入れるのも愛だったし、そんな結末は望んでないと足掻き続けるのも愛で、その愛を受け止めてやっと立ち上がるのもまた愛でした。
恋から始まり愛に終わる話ですごくすごく美しい話だなと思いました。蛇足があること含めて。

そのほか感想

ネガティブな感想を含みます。

前提として私は「かぐや」というキャラクターがとんでもなく苦手です。ぶっちゃけ嫌いの部類に入ります。なぜなら私情ですがあのキャラクター造形、現実で嫌いな人間を想起させてしまいマジでだめで……特に金銭面などの取り返しがつかなくなる可能性があるところに触れてしまうのがマジで駄目なので序盤ここで終わるか?と何度か思いました。彩葉ちゃんお労しすぎる。私なら殴って外に捨ててる。

いえ、彩葉ちゃんに必要なキャラクターだったのは理解してます。なのでストーリーはすごい好きです。彩葉ちゃんも好き。親友2人も踏み入れないようなところにずけずけと土足で踏み荒らす子が彩葉ちゃんには必要で、それがかぐやだったんでしょう。

でもやり方があるだろ……

ヤチヨは好きなので、物語後半へ行く(かぐやの精神性がヤチヨに近づく)につれかぐやの拒否感は薄れますが、序盤のインパクトと悪印象がね……
ヤチヨ=かぐやの未来なんだからヤチヨもやったことでは?といわれれば本当にその通りなんですけどこればっかりはその、うん……個人の受け取り方の話なので……

それはそれとして、あの「かぐや」は最初のかぐや姫で、「ヤチヨ」はかぐや姫の続きのかぐや姫。なのでいずれは大好きな彩葉の元を離れて月へ戻るという結末に対して、かぐやはかなりはじめから受け入れているように見えました。その辺ちょっと意外だなと思いつつも、泡沫の夢を見せてハッピーエンドに終わるという目的だけをみればかぐやにとっては最善だったのかも知れません。

そしてヤチヨ――

ヤチヨがあんなバカ重感情を彩葉に向けてるなんて誰が思うか。Ex-Otogibanashiとか激重ソングじゃないですか……
私は誰、をヤチヨが唄うと途端に意味が変わっててめちゃくちゃもだえてました。劇中歌だと分からないのに、あとからYouTubeへ行くとぶっ刺される二段構え。

YouTubeで超かぐや姫を見た後に劇中歌とカバー曲聞いて血反吐吐いて泣いてます。なんでそういうことするんですか?

ヤチヨにロンリーユニバースとトリノコシティ歌わせよ!したの誰ですか本当に。誰だよ……マジで……Ex-Otogibanashiと星降る海だけでおなかいっぱいなんだぞこっちは。

ヤチヨ、かなり好きです。愛が重くて、その愛を決して彩葉に持たせようとしないところが抜群に好き。Rememberも星降る海も、Ex-Otogibanashiでさえ彩葉に悟らせる気は無かったんですね。Rememberはもう唄わないの?と聞かれたときでさえ「届きたい人に届いたから任務完了なのです」で終わり。確かそのときヤチヨは特別に彩葉を意識するような仕草はしていなくて、だからこそ彩葉はかぐやが帰ってしまった後のあのシーンまで気がつかなかったわけで。

そんなの愛じゃん……
っていうか星降る海はあのときどんな感情で歌ってたんですか? あの大勢の、多くの自分を愛してくれる人の中で、たった一人の愛しい人のために歌ってたんですか?

八千年の時を超えて、戦争も内紛も人の見にくいところも全部見てきて、それでも彩葉にもう一度出会うために歩いてきたなんて愛以外の何物でも無いじゃ無いですか……
あのコラボステージ、ヤチヨ本当に楽しかったんだろうな……

瞬間、シンフォニー。とEx-Otogibanashiはそれぞれかぐやとヤチヨの曲ですけど、さよならの曲である瞬間、シンフォニー。に対して過ぎたおとぎ話を歌うEx-Otogibanashi、かぐやとヤチヨのスタンスの違いがくみ取れて本当にいいですね……

「かぐや」と「ヤチヨ」は同一人物な訳ですが、輪廻を繰り返すのが運命だと語ったヤチヨはEx-Otogibanashiを鑑みるに納得はしていなくて、だからこそ最初にかぐやが連れて行かれそうになったときに「おいたはダメ」って援護してくれたわけで。

本当はきっと続きが見たかったんですよね。
続きを彩葉と歩きたくて、でも八千年の時は重たくて、とっくにかぐや姫はおばあちゃんで、だからうなずけなくたって受け入れるしか無くて、
それでも「まだ終わってない」って走り出せた彩葉ちゃんは本当に強くて……

rayのYouTubeMVを見る限り、あのラストのかぐやちゃんはヤチヨなのかなぁと。現実っていいなぁと焦がれたかぐやは現実に、同じ八千年の時を受け止めた彩葉ちゃんとともに並んでいるのが本当に良くて……

っていうかそれでもかぐやと一緒にいたい、かぐやの全部を知らなくちゃって八千年を受け止める決断を秒でした彩葉ちゃん、あまりに男前すぎる。愛じゃないですか。

現代版かぐや姫というよりは、竹取の翁の物語であり、竹取物語の続きの物語だったんだなと。いやちゃんと見て良かった~~

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