序というかなんというか。イントロダクションとしてお読みください。短いです。
二度とごめんではあるが、悪くは無かったんだよ、と。老人はそんなことを口にした。初老の見た目。長く伸びきった髪は、されど不清潔な印象は無く、きちんと後ろで一つにまとめられている。白い髪は生来のものだった、そのように作った。目もろくに見えていないのか、焦点は合わない。ただ、口元だけがなぜだか楽しそうに動いている。
「まあ、約束だ。『俺』は、これでおしまい。この次はない。自覚の有無も関係ない。この命の輪廻はここでお終い。正真正銘、なにも残らない」
そうだ、と頷いた。老人はそれに満足そうに頷いて、ならばいい、とからからと笑った。あまり見たことの無い笑い方だと思った。
本当にいいのか、と問う。約束ではあった。かつて彼に望みを聞いたとき、彼は確かにそう言っていた。これでおしまいにしてくれないか、と。
命は流転する。命は繰り返す。自覚は無くとも、無限に、永遠に、くるりくるりと、円を描くように。同じ形を持たなくとも、同じ色を持たなくとも、この世から放たれた命は魂となり、そして一切の余剰を記録庫へ置いていき、そして再び旅立つのだ。
それが――命短く、そして知性を獲得しすぎた人間という種族のある種の拠り所であることを、己はよく知っていた。
「いいんだよ。人の心に、永遠の命。俺はいささか長く生きすぎた」
だからおしまい。これでおしまい。もう目覚めることは無い。もう起き上がることも無い。何かを記憶することも、思い出すことも、感じることも無い。それでいいのだ、と老人たる男は愉快そうに笑った。
「最期の土産だ。所望したのはお前さんだろう、ちゃんと聞かなくていいのか」
一切の未練は無く、一切の憂いも無く、ただ老人の声は軽やかだった。まるで、今が心底楽しくて仕方がないというように。
「人生まるごと語って聞かせるなんてどれほどかかることやら。お前さんも人が――いや、人じゃ無いからこの言い回しはおかしいのか? まあいいか。これが最期の会話なんだ。ちゃんと聞いてくれよ。あと、感想もな」
もちろん、と頷く。老人は満足そうに目を細めると、そうだな――と、口を開いた。焦点は遙か遠く。古い日記帳の一ページ目をめくるような、そんな気恥ずかしさを交えたような声だと思った。

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